田中 圭 Tanaka Kei

1984年、東京都生まれ。『WATER BOYS』(2003年)で注目を集める。映画『凍える鏡』(2008年)や、ドラマ『おっさんずラブ』(2018年)など主演作品多数。Huluオリジナルドラマ「死神さん2」が2022年9月17日より配信開始。舞台『夏の砂の上』に2022年11月より出演。

映画情報 『ハウ』

田中圭演じる気弱な青年・民夫と、ワンと鳴けない保護犬・ハウ(ベック)の絆が織りなす物語。さまざまな社会問題がある今、生きる勇気をくれる感動作。

出演:田中圭 池田エライザ
監督:犬童一心 脚本:斉藤ひろし
2022年8月19日より全国公開。

©2022「ハウ」製作委員会
配給:東映

俳優犬・ベックとの再会と、亀戸で暮らした高校時代

「あ、ベックだ。ベックベック〜!」
映画『ハウ』で、保護犬ハウを演じた俳優犬・ベックが取材現場に到着すると、遠くから呼びかける田中圭。ハッとして全力で駆け寄るベックに、「お〜?ちょっと大人になったんじゃない?」。映画のクランクアップから約半年ぶりの再会をわしゃわしゃと喜び合う。

――田中さんも犬を飼っていらっしゃったとか?

田中 そうなんです。小さい頃からもともと飼っていて。高校生の時には、ヨークシャーテリアを飼っていました。
ちょこんと座るから、名前はひらがなで「ちょこ」。散歩は僕の係で、学校から帰ってきた夕方か夜に、亀戸をあちこち散歩してました。

――どのあたりを?

田中 家から駅のあたりを歩いたり、亀戸中央公園に行ったり、あと5丁目中央通り商店街にもよく行ったな。子犬を連れて大通りを歩くのはちょっと怖いので、いつも一本入った道が多かったです。
でも、ちょこ、あんまり歩くの好きじゃなくて、どんどん太っちゃって。毛も、ヨーキーって長いイメージだと思うんだけど、短いほうがかわいいなあと思って、刈ってたんです。だから一番太ってた時には、道で知らない人に「子ブタかと思った」って言われたことがあります(笑)。

――わははは。亀戸で暮らしていたのはいつですか?

田中 物心ついた時から、一人暮らしを始める二十歳までです。今も銭湯巡りが好きなんですけど、当時は家の風呂を沸かすのが面倒なのと、洗い場がとにかく寒かったから、銭湯がつねに自分の「お風呂」でした。
(銭湯マップの『隆乃湯』を見ながら)あ、たぶん、ここここ。徒歩30秒のところに家があって、この銭湯に通ってたと思う!

亀戸のカラオケ屋でバイトしてました。

――地元ではどんな十代を?

田中 小学校は馬喰横山で、中学高校は千葉だったから、地元で遊ぶ同級生の友達はいなかったです。で、16歳の時に最初にバイトしたのが亀戸のカラオケ屋さん。今もあるのかな?
うちは、母親が仕事で家にいなくて、おばあちゃんがいるか、自分一人だったから、バイトしたお金で、地元で知り合ったお兄ちゃん的な人たちとごはんを食べに行ったり、錦糸町とか新小岩のサウナに行ったり。不良ではぜんぜんないんだけど、サウナに泊まってリフレ〜ッシュ! さて学校行こう、みたいな高校生でした。あとで、母ちゃんに「どこ行ってたのー!」なんて、怒られたりしてたのかな。

――田中さんにとって、亀戸ってどんな街ですか?

田中 下町ののどかなイメージですかね。栄えたいんだけど、栄えきらないところが大好き。ごちゃごちゃしてて洗練されていない雰囲気が、住んでる時はすごく心地よくて。毎年、初詣は亀戸天神。母が亡くなってからは、行く機会が減りましたけど、受験の時は、絵馬に願掛けしたり、ウソ[悪いことが“嘘(うそ)”になる幸運の鳥、鷽]のお守りも買ったなー。

――「ハウ」と下町のちょこちゃんと、重なるところはありました?

田中 まったくないです!(笑)。ちょこ、おなか減ってるんだなとか、散歩行きたいんだな、眠いんだなっていうのはわかるけど、ちょこの気持ちになって、号泣したりしませんもん。やっぱり感情移入できるのは、作品が持つ強さですよね。

一瞬だけ、目と目で通じ合った不思議な時間

――撮影でのベックはいかがでしたか?

田中 ほんと、素晴らしかった。ベックは、もちろんお利口さんなんですけど、基本めっちゃ無邪気なんで、ちょっと時間が空くと、遊びたい遊びたいってなるんです。そういうベックを知ってるから、台本を読むと、こんな演技、ベックができんの!?と思うわけですよ。でも、ベックはキャッキャじゃれてても、「本番よーい」って声がかかった瞬間、パッて顔が変わるの。天才です。

――天才子犬。

田中 や、ほんとそう。僕、お芝居する上で、自発的に一人で感情を完結させるっていうのがすごく苦手で、やっぱり相手(役)と築き上げてくものだったり、流れの中で生まれるものがあるので、ワンちゃん相手にそれできんのかなあってすごく不安だったんです。で、やっぱり当たり前に、築き上げられないんですよ。
でもほんと一瞬だけど、ベックがちゃんと目を見て伝えてくれるところがあって。それは、僕も芝居をしてることを忘れる瞬間で、心が通ってるっていうと大げさかもしれないけど、それに近かったかもしれない。なんとも言えない不思議な気持ちになりました。
あと、みやさん(ドッグトレーナーの宮忠臣さん)もすごいし、撮影や編集の力もすごい。現場を知っているからこそ、僕が関わっていない他のシーンがどうなってるんだろう?っていうのが強くあって、完成した映画を観たらもう、そこは『ハウ』の世界でしかなくて胸がいっぱいになりました。

――田中圭の中に、ハウっぽいところはありますか。

田中 どうだろう……。ハウって計算がない、そこにみんなが救われるんですよね。ハウは何一つ疑う気持ちなくただ誰かに寄り添って、凍ってるところを溶かしていく。ハウ自身、人間に傷つけられて声が出なくなってるんだけど、それすらも疑ってないんです。やっぱり対人間だと、どっかで人間は疑うことができてしまうし、実際に騙(だま)す人もいるわけで。
そう思うと、僕自身はどっちかっていうと騙されるほうであることは間違いない。計算できないし、すぐ人を信じてしまうところは、若干ハウっぽいかもしれない。

ものすごい多幸感に包まれた映画

田中 ワンちゃんっていう、人間じゃない一種の純粋な存在だからできることなんだろうなと思いつつ、ましてやハウになりたいってわけじゃないけれど、人が忘れちゃいけないものっていっぱいあるってことを、作品を通して感じました。
こういう温かい世界線がね、もっと増えたらいいのになって。撮影が終わったあと、僕自身、ここまでハッピーになれるかって思うくらい、ものすごい多幸感に包まれて、ぽわわわ〜んと心がほんわかしました。

――印象に残っているシーンは?

田中 ハウが、泥まみれになって一匹で走ってるところや、民夫のことを思ってたそがれたり、雨の中でぴゅーって伏せするところ。なんて気持ちが伝わる芝居をするんだ……って。
そうだ、撮影中のエピソードでいうと、民夫とハウの超重要な場面があったんです。ちょうど三日か四日かぶりにベックに会って、ベックも遠くから僕を見つけて、ハアハアハア!ってなってて、僕も「今日のベックはもう〝ハウ〟だぞ!」って感じて。
撮影隊も、「今だ今だ、(ベックの)このテンションで、いきなり本番回しちゃいます!」って。ベックも僕のところに来たいのをおさえておさえて、僕もうれしくてたまらない中、「よーいスタート!」って掛け声がかかり、ベックがすごい勢いで走ってきて、さあ僕の胸に飛び込んでくるぞ!と思ったら、そのままスタタタタ〜って僕の横を通り過ぎて行ったんですよね……。
「うお~いっ!」って。そういうこともあります(笑)

この続きはぜひ本誌で
インタビューの続きは『散歩の達人』2022年8月号に掲載されています。気になる方は、ぜひ雑誌を手に取ってみてほしい。

取材・文=さくらいよしえ 撮影=千倉志野 スタイリスト=柴田 圭(tsujimanagement)
『散歩の達人』2022年8月号より一部抜粋して再構成。