狭小茶屋で味わう、季節を表現した日本茶

2022年も折り返しを迎え、まもなく夏。毎日がめまぐるしく過ぎていく中で、たまにはちょっと足を止めて、“季節を感じるお茶”でひと休みしていきませんか?——

下北沢の駅からほど近い裏路地で、そう言葉を投げかける1軒の茶屋があります。名は「丶-TEN-(てん)」。

「読点を表しています。長い物語の中でところどころ『丶』を打つように、忙しい日常の中でも少し立ち止まって、一杯のお茶でひと休みしていってほしい。そんな想いで店を始めました」

1坪とわずかしかないという小さな店の入り口をすっぽりと覆う暖簾の隙間から顔をのぞかせるのは、店主の青木真吾さん。かつては創作和食店「HIGASHIYAMA tokyo」や日本料理の「八雲茶寮」で研鑽を積んできたという彼はここ丶-TEN-から、旬の素材と日本茶とをかけ合わせたオリジナルブレンドティーを届けています。

青木さんが日本茶のブレンドティーを手がけるようになったのは、八雲茶寮でティーペアリングに携わったことがきっかけでした。

コース料理に合わせて茶種や品種を選び、抽出温度、淹れ方を変えることはもちろん、その時々にもっとも旬を迎えた果物や野菜を加えたり炭酸水を合わせたり。ほんの少し工夫と手間を加えるだけで、料理がより美味しく季節感ある味わいに高まっていくことにおもしろみを感じてきたそう。

たとえば当時、お刺身に合わせていたのが大葉を使ったお茶です。大葉が刺身の薬味に用いられていることからその香りをお茶にまとわせてみると、脂がのった魚の甘みやコクが引き立ちより味わい深い一皿に。

ほかにも炭火焼きの牛肉なら、力強い脂身やスモーキーな香味を際立たせるためにどんな茶種や焙煎度合いのお茶がよいか、たとえば林檎のスイーツに使われているシナモンの香りをお茶に落とし込めないか……と、料理を構成する要素を分解してお茶に重ね合わせる習慣は、今でも染み付いているといいます。

「旬の素材本来のよさを大切にする日本料理と同じように、1杯の日本茶でも四季が表現できることや、日本茶ひとつで目の前の料理や食事の席がより心を満たすものになることが、すごく楽しかったんですよね」

お茶請けには新潟県の和菓子ブランド「縫」から届く季節の上生果子(税込み 450円〜)をそろえる。写真は「青梅」。煎茶やお薄(抹茶)とのセットもあり
お茶請けには新潟県の和菓子ブランド「縫」から届く季節の上生果子(税込み 450円〜)をそろえる。写真は「青梅」。煎茶やお薄(抹茶)とのセットもあり

日本茶を主役に、整えてつくる“ブレンド”ティー

丶-TEN-のブレンドティーのメニューには、定番の「大葉と酢橘」のほか、「赤紫蘇」「桃」など、まさに今、旬を迎える素材の名が並びます。シロップなどに加工して保存しながら使うことは一切なくすべてフレッシュのフルーツやハーブを使い、香りを淡くまとわせるように仕上げるのが青木さん流。砂糖漬けにしたり一緒に煮出したりして濃度や甘みを強くすると、ベースの日本茶の味を損ないかねません。

丶-TEN-は茶屋であるため、あくまで主役は日本茶です。「構成は香りと味わいの2段階」と、青木さん。“お茶の味がしっかりと楽しめるブレンドティー”が、目指すところだといいます。

宮崎県産の釜炒り茶を使った「大葉と酢橘」(レシピは記事末で紹介)は、釜炒り茶ならではの澄んだ水色(すいしょく)が美しく、グラスを口に近づけるにつれて爽やかな大葉の香りが広がります。それを引き締めるのが、酢橘の青みと酸味。スーッと喉を通るときには大葉からお茶の香りに変わり、飲み終えると口の中には上品な釜炒り茶の余韻が。

まぎれもなくお茶でありながら、清々しく涼を感じる実に考え抜かれた一杯。ここでふと「ブレンドティー」という表現について、アレンジとは違うのかと素朴な疑問を青木さんにぶつけてみると、彼なりの感性が見えてきました。

「……意識したことなかったですね(笑)。でもいわれてみると、僕の中ではちょっとニュアンスが違うんだと思います。大前提として、“いろいろな素材を混ぜたい”という思いはありました。もちろん、材料が増えれば増えるほど難しくなります。

でも味を変えたりトッピングしたりするのとはちょっと違って、お茶といろんな素材をかけ合わせた上で、ちゃんとお茶が楽しめるベストな味の調和をとってこそ完成というか。なのでレシピ作りの段階では何度も香りや味、フルーツとお茶のバランスを考えています」

「ブレンドティー3種飲み比べ」(税込み 900円)。左から「大葉と酢橘(釜炒り茶)」「赤紫蘇(和紅茶)」「桃(煎茶)」。ペアリングとは異なり、丶-TEN-では単体で飲むケースが基本のため、1杯にお茶の存在感が出るようレシピも改良
「ブレンドティー3種飲み比べ」(税込み 900円)。左から「大葉と酢橘(釜炒り茶)」「赤紫蘇(和紅茶)」「桃(煎茶)」。ペアリングとは異なり、丶-TEN-では単体で飲むケースが基本のため、1杯にお茶の存在感が出るようレシピも改良

「Blend」は「調製する、整えて作る」の意。ただ何かを加えて味を変化させるのではなく、バランスを整えて仕上げる……。青木さんは無意識だと話しますが、「ブレンドティー」にはそんな意味合いが含まれているのでしょう。

「ここをきっかけにお茶屋さんに足を運んでほしい」

「抹茶と林檎ジュース」(税込み 650円)は、青木さんお気に入りの林檎ジュースを使いたいがために考案した、唯一のジュースを使ったスペシャリテ。濃厚なりんごの甘みを抹茶の苦みがさらりと流してくれる
「抹茶と林檎ジュース」(税込み 650円)は、青木さんお気に入りの林檎ジュースを使いたいがために考案した、唯一のジュースを使ったスペシャリテ。濃厚なりんごの甘みを抹茶の苦みがさらりと流してくれる

「こんな日本茶は初めて」「おもしろい、美味しい!」というお客様の声が素直に嬉しいという青木さん。一方で、丶-TEN-での体験をきっかけにいろいろな茶店に足を運んでほしいと、何度も口にします。

「僕のブレンドティーの役割は、気軽に日本茶のおもしろさに触れてもらうことだと思っているんです。なのでレシピも、ワークショップや店でお伝えしています。丶-TEN-で日本茶に興味を持っていただけたら、ぜひ今度は美味しい煎茶やほうじ茶を探しに、丶-TEN-以外のお茶屋さんにも行ってみてほしい。下北沢にもいいお茶屋さんがありますし、都内の日本茶専門店の飲み歩きも楽しいと思いますよ」

「前回のワークショップでは、参加者さんの各々のアイデアでブレンドティーを作ってもらいました。次回は夏の風情に合わせて氷出し、水出しのお茶を企画中」
「前回のワークショップでは、参加者さんの各々のアイデアでブレンドティーを作ってもらいました。次回は夏の風情に合わせて氷出し、水出しのお茶を企画中」

青木さんが期待するのは、日本茶全体の盛り上がりです。ワークショップを主催するほか、イベントやフェスにも積極的に参加し、茶店同士のつながりやお客様との接点を広げています。実はこのコンパクトな店、「茶箱」をコンセプトに設計されており、店の一部を取り外して移動させることができるのだそう。 今後は野外でのワークショップやお茶会も開催したいと話してくれました。

今年もまもなく、暑い夏がやって来ます。でもこうして季節の移り変わりを肌で感じられるのも日本の魅力のひとつ。暑さに、忙しい毎日にちょっと疲れたら、ぜひ丶-TEN-でひと休みしていきませんか?

——「大葉と酢橘と釜炒り茶」の作り方——

<材料>
釜炒り茶 25g
大葉 10枚(よく洗って手でちぎる)
酢橘 1.5個(スライスする)
冷水 2L

<作り方>
ボトルやポットにすべての材料を入れ、冷蔵庫で一晩(約8時間)置いて水出しにし、ザルなどで濾す(漬けたままにすると、えぐみや雑味が出るので要注意)。

丶TEN

東京都世田谷区北沢2-19-2
03-6453-2168
営業時間 12:00~17:00 / 18:00〜終電
定休日 不定休 / 営業時間などは公式SNSを要確認
HP:https://www.instagram.com/ten.shimokitazawa/

写真・吉田浩樹 文・RIN(Re:leaf Record)