1964年に高級和食店として創業、サラダ専門店を経て『酒膳処 珈穂音』に

かつてはお昼の長寿番組『笑っていいとも!』が収録されていたことでも有名な、新宿アルタ。その裏手に向かうと新宿サンパークビルがある。ビルの創建は1963年と歴史が古く、紛れもなく新宿の重鎮である。この5階にある『酒膳処 珈穂音』が今回の目的地だ。

1964年、初めての東京オリンピックが開催されたこの年に、代表の堀内健一郎さんにより『珈穂音』が誕生した。もともとは材木店を営んでいた健一郎さんだが、これからは飲食店を営む方がいいだろうと舵を切ったそうだ。ご本人に当時の様子をうかがった。

ビルの入り口。いろんな看板があるが、『珈穂音』がいちばん目立つ。エスカレーターをのぼり、2階からエレベーターで5階へ。
ビルの入り口。いろんな看板があるが、『珈穂音』がいちばん目立つ。エスカレーターをのぼり、2階からエレベーターで5階へ。

「当時の僕は29歳、新宿三丁目駅近くの紀伊國屋ビルで、天ぷらと寿司の高級店をはじめたの。当時はだいたい寿司が1人前160円、ラーメンが60円くらいだったんだけど、うちは寿司の並を260円で出してたんだから。高くて1日10人くらいしか客が来ない(笑)。まあ僕自身も、食べ物は専門外だったからイワシとアジの違いも知らなくてね。毎朝、魚河岸に行って勉強したんですよ(笑)」。

徐々に魚河岸の人たちとも信頼関係を築いていき、今でもお付き合いが続いているそう。そのうち、天ぷらと寿司ではなく1972年に「サラダショップ カポネ」に変更。今やサラダ専門店はちょっとおしゃれな存在だが、まさに時代を先取りである。

「今もメニューに残っているけど、10品くらいのサラダを出してたの。それからスパゲティね。店の人気が出てきたので、再び魚料理も出すようになって今みたいにメニューが和洋折衷になっていった。コーヒー(珈)も米(穂)も、そしていい音楽(音)もということで、店名も『珈穂音』にしたんですよ」。

現在の店舗。自慢の日本酒が並び、いろんな植木があったりしてアットホームな雰囲気。おいしいものがいただけそう!
現在の店舗。自慢の日本酒が並び、いろんな植木があったりしてアットホームな雰囲気。おいしいものがいただけそう!

今でも刺し身には力を入れている。古くからある人気メニューのビーフシチューやハンバーグステーキのほか、焼肉、ステーキ、フライ類はランチでも評判がいい。

長年親しんだ紀伊國屋ビルは、老朽化により建て替えをするとのことで2018年に惜しまれつつも移転。2019年から代表の息子で2代目の堀内琢和さんが跡を継ぐなど、この店の長年の歴史に転換期が訪れた。

しかし、紀伊國屋で営業していた当時の常連さんのほとんどが、この店のアットホームな雰囲気に惹かれて今でも足を運んでくれている。「常連のお客様ひとりひとりの嗜好も認知しています(笑)」と、2代目の琢和さんは微笑む。

口の中にしみじみと広がるうまさ。20年以上愛される、ボリューム満点のロールキャベツ

スプーンとお箸で食べるロールキャベツ1100円。
スプーンとお箸で食べるロールキャベツ1100円。

数あるメニューのなかでも2000年ごろに生まれたというロールキャベツは、ランチの人気メニューのひとつ。手間ひまがかかるため、数量限定で提供される。一般的には寒い時期のメニューだが、ここでは通年食べられるのがいいところ。たとえ真夏だって、冷房で冷え切るとこういう味が恋しくなるものだ。

手間がかかるので、1日に10~15食しか作れない。「うちは寿司屋だったからね、かんぴょうで結ぶんですよ」と健一郎さん。
手間がかかるので、1日に10~15食しか作れない。「うちは寿司屋だったからね、かんぴょうで結ぶんですよ」と健一郎さん。

ナツメグやブラックペッパーなど、スパイスが効いた合い挽き肉のタネに、キャベツが何重にも重ねられ、カンピョウでギュッと縛っている。「コンソメスープで煮込まれても絶対解かないぞ」と、はちまきをしてるみたいで健気だ。

肉とキャベツの旨味が溶け込んだコンソメスープ。これがご飯に合う!
肉とキャベツの旨味が溶け込んだコンソメスープ。これがご飯に合う!

さっそくテーブルに提供されてきたロールキャベツは、素朴でケチャップのお化粧も可愛らしい。大ぶりのロールキャベツは、食べやすいよう1個を3等分にカットされているが、それでも一口では食べられない大きさだ。

いただいてみると、柔らかく煮込まれたキャベツとなめらかな肉だねの食感がいい。澄んだコンソメスープは、シンプルながらキャベツをはじめとした野菜と肉の旨味が溶け込んで、口の中にしみじみと広がる。ああ、やさしい味だなあ。皿の底をすくうとスープを吸い込んだ太めのスパゲティが潜んでいた。こういうのがうれしいのだ!

ロールキャベツもおいしいが、個人的にはロールキャベツは単独で楽しみ、旨味の強いスープとご飯を交互に食べるのにハマってしまった。

日本酒は50種を常備。入手困難なレアものも用意!

幻の日本酒として有名な銘酒が揃う。左から山形・高木酒造の十四代 龍の落とし子、同じく十四代 槽垂れ本生原酒、秋田・新政酒造のNo.6 S-Type。
幻の日本酒として有名な銘酒が揃う。左から山形・高木酒造の十四代 龍の落とし子、同じく十四代 槽垂れ本生原酒、秋田・新政酒造のNo.6 S-Type。

『酒膳処 珈穂音』では、ランチ時からお酒がオーダーできる。ローストビーフやハンバーグ、フライ類のほか、焼き魚や焼肉など多彩なランチがあり、それらは単品でも対応してくれるのでおつまみにも困らない。

「とくに刺し身には力を入れています。昔から付き合いのある豊洲市場の仲買さんから、イキのいい魚を仕入れているんですよ」と健一郎さん。

うまい刺し身には、日本酒がよく合う。こちらでは、50種もの日本酒が常備され、「蔵に100本しかないような希少なものもあります」と琢和さんがおすすめの日本酒を紹介してくれた。

ずらっと並んだ日本酒のメニューの下に、自慢の刺し身をはじめとしたアテ。端から全部注文したい……。
ずらっと並んだ日本酒のメニューの下に、自慢の刺し身をはじめとしたアテ。端から全部注文したい……。

琢和さんが続ける。「いろんなメニューがあってファミレスみたいに使ってもらえる店なんですけど、個人経営なので何か特徴がなくちゃあ、ということで、お父さんの代から付き合いのある酒屋さんにお願いしました。そちらがプレミアム日本酒に強いところだったので、入手困難な日本酒がうちにあるんですよ」。

「今までの最高額は100ccで3900円の十四代 龍月。希少なので年に1回入荷されるかどうかですが、やっぱりおいしいですから人気がありますよ」と、琢和さんは目を輝かせる。日本酒以外にもビールや焼酎、サワーなどひと通り用意されている。

銘酒のラベルもいいつまみに! 日本酒の話をタネに飲むと盛り上がりそう。
銘酒のラベルもいいつまみに! 日本酒の話をタネに飲むと盛り上がりそう。

働き方やライフスタイルがこれまでの概念に縛られなくなってきた昨今、昼からランチと一緒に軽く一杯もいいかもしれない⁉︎  ちょっと早めに仕事が終わったとき、混み合う前にさくっと飲めるこういう店の存在がありがたい。

住所:東京都新宿区3-22-12 新宿サンパーク本館5F/営業時間:11:30〜21:30LO(日・祝は11:30〜21:00LO)/定休日:不定/アクセス:JR・私鉄・地下鉄新宿駅から徒歩5分

構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢