放置された狸にシンパシーを感じた
居酒屋の店先や玄関先などに縁起物として置かれている、狸の置物。むらたぬきさんは、街角に様々な姿で佇む狸を「街角狸」と称し、鑑賞・研究を続ける「街角狸研究家」だ。
最初に街角狸が気になったのは、2010年。
「当時住んでいた家の近所の駐車場で、土の入ったプランターの上に狸の置物が無造作に置かれていたんです。縁起物なのにぞんざいな扱われ方をされているところや、どことなくおじさんっぽい雰囲気に感情移入してしまいました。
よく気にしてみると、当時住んでいた地域では狸の置物が置かれた店や家が多かったんです。色々と見比べていくうちに意外にバリエーション豊富なことに気づき、興味が湧いて写真で記録するようになりました」
日本に住んでいれば誰もが一度は目にしたことがあるだろう、狸の置物。現在よく見られるのは、手に徳利や通い帳を手に持つ「酒買い小僧」スタイル。
じつは身につけているアイテム一つ一つに、縁起物としての意味がある。
「手に持っている通い帳は信用の象徴、徳利は人徳、金袋は金運……など、それぞれのアイテムが『八相縁起(はっそうえんぎ)』と呼ばれる8つの縁起を表しています。
もともとは、子供に化けた『豆狸(まめだ)』という妖怪狸が酒屋に酒を買いに来る民話が、この『酒買い小僧』スタイルのモチーフになっています。
諸説ありますが、明治時代に藤原銕造(ふじわらてつぞう)さんという方が製作したものが、酒買い小僧スタイルの狸の元祖と言われています。藤原銕造さんは、京都で修業したあと土質がいい信楽に移り住み、『狸庵(りあん)』という狸の置物を作る窯を開きました。
昭和天皇が信楽を訪れた際、日の丸の旗を持たせた狸の置物を沿道に並べて歓迎されたことに感動し歌を詠んだ、というニュースが新聞で報じられ、全国に広まっていったという歴史があります。
藤原銕造さんは、狸の置物をあえて商標登録せず『誰が作ってもいいよ、狸をみんなで共有しよう』といったおおらかさがあったんです。それも、全国的に広まった要因の一つだと思います」
狸そのもの ✕ シチュエーションの掛け算で楽しむ
狸の置物の主な産地は信楽だが、笠間や常滑、備前など各地に窯元があり、「八相縁起」を基本形としながらも、窯元ごとに少しずつ特徴がある。そのバリエーションの豊かさも魅力だという、むらたぬきさん。数年前から、SNS上のハッシュタグ「#街角狸」で狸の置物の写真投稿を集めている。
#街角狸 というタグで皆さんが見かけた狸を投稿するというのはどうでしょう。全国に散らばった狸がSNS内で一堂に会したらこんなに素晴らしいことはありません。 https://t.co/DFc1NTbH36 pic.twitter.com/9FZbsdiMy3
— むらたぬき (@tetsuro5) November 12, 2016
「『すべての狸を見てみたい!』と思い立ち、2016年に『#街角狸』というハッシュタグで投稿を呼びかけたところ、これまでに3000件以上もの写真投稿が集まりました。写真に写った狸の置物のうち5000体ほど、窯元のカタログと照らし合わせながらパーツごとの特徴を分析したところ、たとえば『右手に徳利を持ち左手に通い帳を持つ狸が多い』など、現在世に流通している狸の傾向も見えてきました。
藤原銕造さんが作った初期の狸の置物は、シュッとしていて動物の狸に近い風貌でしたが、最近はどんどんデフォルメされてかわいらしい見た目になっています。またフクロウ(=不苦労)を手に持って縁起を重ねたタイプの狸も登場しています」
このように、狸そのものもバリエーション豊富だが、狸が置かれる場所も様々だ。
「『#街角狸』の統計結果では、飲食店……中でも居酒屋やそば屋の店先が一番多いですね。珍しいケースでは、JR山手線の有楽町駅のホームに置かれていたこともありました。有楽町は、信楽町と“楽町”つながりということで、地下にも狸の置物がたくさん置かれた『ぽん太の広場』というスポットもあるんです」
むらたぬきさん曰く、各窯元による狸の置物そのものの種類の豊富さと、狸が置かれるシチュエーションとが掛け算されて、様々なバリエーションを楽しめるのが街角狸の魅力だという。
「顔の作りなどの見た目が窯元や年代によって違いますし、サイズも多種多様です。ベランダの柵に括り付けられていたりと、『まさかこんなところにないだろう』という場所に置かれていると、狸に化かされたような気持ちにもなります。ホースが体に巻き付いていたりと、働かされている狸も。周りの風景とセットで状況を見立てると楽しいです。
周囲のものとの比較で大きさが分かれば、窯元や型を特定しやすいというメリットもあります」
植物も、少し名前が分かると違いがわかって風景の解像度が上がる。同じように狸の置物も、細かく見ていくと違いが見えてくる。狸が置かれた状況込みで、お気に入りの一体を見つけるのは、はじめての人が楽しむ入り口になりそうだ。
狸は平和の象徴
街角狸を鑑賞・分析するだけでなく、狸をテーマにしたオリジナルソングも製作しているむらたぬきさん。一年に一度、最も狸らしい曲を作った人に贈られるという「日本タヌキレコード大賞」を過去3回受賞した。
また狸をモチーフにしたグッズを作ってイベントで販売したり、狸について語り合うイベント「タヌキ大学」を開催したりと、年々活動が広がっている。
2021年からは、「日本たぬき学会」の会長も務めている。
「『日本たぬき学会』は、狸文化の探究と情報発信を目的とする団体です。狸を好きになった当初、分からないことばかりだったので、狸について知れる場所はないかと探したところ、学会の存在に行き当たり入会しました。長らく別の方が会長を務めていたのですが、若い世代にお願いしたいということで、2021年から会長を務めることになりました。
唯一の会員資格は『狸を愛し、狸心を大切にする人』。いきもの、やきもの、ばけもの(化けもの)を「狸の三位一体」と呼び、様々な側面から狸を愛でる人たちが集まった学会です。現在全国に130人くらいの会員が在籍しています。最近では若いインターネット世代の会員も集まりつつあります。普通に暮らしていたらなかなか会えない人同士が、『狸』という共通の話題でつながって交流できる場は、めったにない機会だなと思います。狸が好きな人が情報交換するだけでなく、狸の研究を行っている人が研究成果を発表できる場も作っていきたいですね」
幅広い発信を通して、狸を軸にした情報交換や交流の場を作っているむらたぬきさん。夢は、世界中の街角狸を見ることだという。
「世界中の街角狸を全部見たいというのが、私の夢。それに向かってひたすらやっていくのみです。5000体の街角狸の分析から、写真に撮った狸がどの窯元・種類かを判別するパラメーターはある程度できたので、狸判別アプリや、地図と紐付けた狸マップが作れたらいいなとも思い、アプリ制作会社と計画を進めているところです」
現在でも年間10万体ほどの狸の置き物が、毎年製造され続けているとのこと。今日も路上の片隅で、狸たちはどこかゆるい表情で街を見守り続けている。
「狸の置物が街中の至るところに置いてあるのは、考えてみればすごいこと。治安の悪いところだと、持っていかれたり壊されたりする危険があるから、なかなか屋外には置かないと思うんです。
狸の置物が街角に置いてあるのは、ある意味日本が平和だという証拠です。もともと動物のタヌキ自体、争いを好まない平和的な動物。そんな性質と、狸の見た目の可愛さもあいまって、街角狸は、平和の象徴だと感じています」
取材・文=村田あやこ 参考文献=『ようこそ たぬき御殿へ おもしろき日本の狸表現』(滋賀県立陶芸の森)
※記事内の写真はすべてむらたぬきさん提供