小野先生
小野正弘 先生
国語学者。明治大学文学部教授。「三省堂現代新国語辞典 第六版」の編集主幹。専門は、日本語の歴史(語彙・文字・意味)。

「何度も叩く」も「暖かい」も“ぽかぽか”というのはなぜ?

小野先生 : 「ぽかぽか」の成り立ちは意外に新しく、明治時代以降のことばだと考えられています。
今では暖かさを示す擬態語、あるいはものを軽く叩く音やその様子を示す擬音語ですが、そもそもは「さかんに行なわれる様子」というとても抽象的な意味でした。「ぽかぽか穴を掘る」という例が、「真景累ケ淵」という明治初期の落語の例にあります。

筆者 : 言われてみると、暖かい状態にも、叩く様子にも、同じ「ぽかぽか」を使うのは変ですよね……。「さかんに行なわれる様子」を現代流にいうと、どんなことばが当てはまりますか?

小野先生 : 「ばんばん」「どんどん」「ぽんぽん」などに近いですね。
そういう成り立ちですから、例えば「ぽかぽか叩く」は、叩く音を表わしているというよりも、続けざまに叩く行動の描写だったことがわかります。「ぽかぽかと温かい」といった表現も、体感する温度そのものよりも、暖かさがさかんにわき起こる感覚を指していたのです。

「ほかほか」の影響と棲み分け

筆者 : 「ぽかぽか」が温まる様子と結びついたのはなぜですか?

小野先生 : やや先行していた「ほかほか」の影響ではないかと。「ほかほか」も本来は「力をこめてものごとを行なう様子」という抽象的な意味で、暖かさとむすびついたのは江戸時代中期ごろだと考えられます。

筆者 : 「ぽかぽか」がすでにあった「ほかほか」に近づいて、やがて同じ意味になった?

小野先生 : 近いですが、ちゃんと意味が棲み分けられています。「ほかほか」は、物体そのものが持っている暖かさを言います。「ほかほかのまんじゅう」といった具合です。
一方「ぽかぽか」は、空気など環境が持っている暖かさです。「ぼかぼかとした春の一日」などと用います。

筆者 : 確かに! 「ぽかぽかのお弁当」「ほかほかとした日差しが感じられる」とは言いません。オノマトペは奥が深いです!

取材・文=小越建典(ソルバ!)