あらゆる大都市にはこの歓楽ビルがある

このビルのうち、「昭和のものだろうなぁ」と思える古びた建物こそ惹かれるんですが、私はこれを大きく2種に分けています。一つは「戦後型歓楽ビル」。飲み屋マーケットなどのバラック小屋の連なりや木造低層の飲み屋横丁を、区画整理のときにまとめたビルです。もう一つは、「高度成長期型歓楽ビル」。昭和中期以降、はじめから歓楽を目的に建てられたビルです。

前者はなにより無統一、混沌が特徴。装飾よりも、バラックからビルへ権利変換をしっかりやることを優先したために、とにかく狭いコマが各階にたくさん押し込んである無骨な造作で、各店それぞれオーナーが違い、竣工後におのおの勝手きままに装飾を施し続けた結果、長い年月のうちに誰も予想できなかった姿へと発展を遂げています。

一方後者は、はじめから夢見心地を楽しんでもらうために企てられ、またこの国が豊かな時代に作られたために、前者よりはよほど高級感があり、統一された世界観のもと夜の熱情を煽る種々の意匠がカネをかけて施されています。螺旋階段を設けたり、凱旋門を模してみたりと、ゴージャス。

私はもう……どっちも大好き。前者は歴史が作るリアリズムの美が感じられ、後者は昭和の旦那衆の脂ぎった嗜好が迫ってきます。あらゆる大都市には盛り場があり、盛り場にはこの歓楽ビルがついて回る――。

大切な役目を担っている「客引き」

遠くの街へ出かけたときにはこれらビルに足をのばし、写真を撮っておくのも好きです。それでもこの楽しみ方だけだと、ちょっと消化不良なんですね。建築美を愛でるだけで終わってしまう気がして。

言うまでもなく歓楽ビルは、建築「作品」ではなく生きた街の一角。中に入ってこそ、その魅力がやっと感じられるのではないでしょうか。ただし、ネオンをギラつかせているとはいえ、通りに向けて窓一つない店も多々、中がどんな様子かはぜんぜんわかりません。私の知り合いには猛者がいます。上から下まで1フロア1軒ずつドアを開けまくり、1セットだけ飲んで次へ行くのを繰り返す獰猛な新規開拓をやる人です。これで好みの店に出会うには財力と時間と肝機能が相当かかりますね……。似たことはやったことがありますが、せいぜい3軒がいいとこです。

こんなときのために、「客引き」という方々が要るんですね。その名を聞けば即ぼったくりを連想するでしょうか。でも全部がそうじゃないんです。ああして窓もない、歓楽ビルの上階の飲み屋さんは、客引きの兄さんたちが誘導してくれなかったら一見客と出会うことができません。客も店の好みや予算を客引きに相談すれば、いいところを案内してくれます。彼らは人と人をマッチングさせる大切な役目を担っています。

専業の人も多く、彼らは適正なマージンを貰ってちゃんと家族を養っています。真夜中の路上で、子供の話をしてくれた人もいました。彼らは酔客の往来が激しい繁華街の交差点などに立っていますが、同じ場所に一晩中立っていることもあります。仮にぼったくり店を紹介したら、出てきた客と鉢合わせして喧嘩になってしまうでしょう。それどころかかえって、「いい店でしたでしょう。もう一軒いかがですか?」と同じ客引きに再度世話になることだってよくある風景です。

港町である横浜・横須賀では彼らを「パイラー」と呼びます。これは船舶の世界の言葉で、〈水先案内人〉を意味します。昭和20年代の資料でもこの字句を見かけたことがありますから、ずいぶん古くからの言い回しですね。盛り場には必要な役割だったから古くから今まで消えなかったのだと私は考えています。

ところが現在では、多くの街で客引きは摘発の対象となっているのです。一部悪徳業者たちのためです。こういった人々は断固摘発すべきですが、職業全体を悪い目でみることは避けるべきではないでしょうか。もし客引きが全員いなくなったら、歓楽ビルも間違いなく枯れ、ネオンを消すでしょう。

街は早寝しなくてもいい

さて近年、地方に行くと、商店街のさびしさを強く感じるようになりました。昼間街歩きをしても、あんまり人に会えないんです。それでもまだまだ元気さが残っているのが歓楽ビルです。

歓楽ビルは、路地の層を積み重ねながら垂直方向へと伸びる「鉄筋コンクリート造の街」と言えます。街にのぼれば、土地の言葉を聞けるし、隣あったお客さんとカラオケも歌えます。帰り際、もう二度と会えないのをお互い分かりながら、「また会いましょう」と赤い顔で握手して、螺旋階段を降り、夜風に吹かれながら宿までとぼとぼ歩く。ポッケにはヨレた千円札と粉々の歌舞伎揚げ。振り返るとネオンは、音もなく遠くに輝き続けています。旅や街の良さを骨身に感じる瞬間です。

コロナ禍で閉じていたビルも、再開の動きが出てきたと聞きます。昭和以来輝き続けて来た歓楽ビルのネオン、ふたたび輝いて欲しいものです。街は早寝しなくていいんです。夜中までギラギラ起きているほうがかえって、昼間の街も元気になれるんじゃないでしょうか。

文・写真=フリート横田