どうせやるならゼロからやったほうがカッコいい
北千住駅西口のマクドナルドの脇から伸びるときわ通り、通称・飲み屋横丁。小さい通りに飲食店などがぎっしり並ぶ。地元の人たちからは“のみよこ”と呼ばれるエリアだ。夜はネオンが輝き活気があふれ、にぎやかになる。
『東京屋台らーめん 翔竜』は“のみよこ”のちょうど中心あたりにある。昼間はシャッターを下ろす店が多いなか、ここだけは昼間から煌々と灯りがついていて、ラーメン好きたちが次々と店内に吸い込まれていく。
「最初は渋谷の宮益坂で屋台からスタートしたんです」と教えてくれたのは、『東京屋台らーめん 翔竜』の創業者で“親方”の長谷川さん。現在は引退して弟子に社長の座をゆずっているが、指導役として毎日店に出向き、後進のスタッフに味の指導をしながらお客さんとの会話を楽しんでいるそう。
長谷川さんは北海道の出身。飲食の世界で生きていきたいと高校卒業後に上京し、飲食業界で多くの経験を積んだ。なかでも和食店での経験が大きかったという。
さまざまな経験をした結果、ラーメン屋になることを決意。「どうせラーメン屋をやるならゼロからやったほうがカッコいい。屋台からやりたい」と、ラーメン屋台に飛び込みで「教えてください」と頭を下げ、弟子にしてもらった。
場所は渋谷の宮益坂。ラーメン屋台の親方に教わったことを踏まえ、さらに勉強を重ねて、自分の味を作り上げていった。やがて親方からその場所を引き継ぎ、長谷川さんが作り上げたラーメンを出すラーメン屋台『翔竜』としてスタート。テレビや雑誌でも取り上げられ、行列ができるほどの人気店となった。
屋台を2年ほど続け、自分のラーメンの味に多くの客が集まるようになったことで手応えをつかみ、いよいよ1998年に北千住で開業。最初は日光街道沿いに店を構えた。「始めた頃は半分居酒屋だったんですよ。ラーメンだけじゃやっていけないと思って。その時にたくさんの地元の人と友だちになりました。千住の人はみんないい人ばっかり」と笑顔で話す長谷川さん。
現在の場所は当初2号店としてオープンした。その後、日光街道沿いの店が立ち退きとなり、2004年からこちらが本店に。2階の窓から“のみよこ”の中心エリアが見下ろせる、長谷川さんお気に入りの場所だ。
見た目こってりなのに食べるとあっさり
開業から3年目ほどで「ラーメンでいける」と確信、居酒屋的なつまみを一切なくし、メニューをラーメンとビールだけにしぼって20年以上になる。看板メニューの翔竜麺は「屋台の頃に親方に教わったことを改良して編み出した」ラーメンだ。
基本のスープは、とんこつベースと、鶏ガラ&昆布ベースの2種類。この2種類のスープのブレンドの割合とタレによって、ラーメンの味に違いが出る。翔竜麺820円は塩だれ、二番味750円はチャーシューを煮込んだ醤油で作った醤油だれを使う。今日は翔竜麺をいただこう。
スープをひと口飲んだだけで「これこれ!! ずっと食べたかったやつ!」と思わず叫びそうになった。初めて食べるはずなのに、なぜか懐かしい。たまに食べたくなる、でも実際どんな味だったっけ? とのもやもやが一気に晴れた。
クリーミーで甘いスープ! 出汁と野菜の甘み、脂の甘みのハーモニーとでもいおうか。口の中に広がるやさしい味わい。見た目はこってりなのに、意外にのどごしがいい。このスープ、いくらでも飲めてしまう。
チャーシューは肩ロースをスープで煮込んでから野菜をたっぷり入れて煮込んだ醤油の中で煮込む。しっかりした歯ごたえで、これまた懐かしい食感。麺は中細麺で、背脂の絡み具合がちょうどいい感じ。
「『見た目こってりなんだけど、実にあっさりしたラーメン』というのがうちのラーメンのいちばんの特徴」と長谷川さん。背脂をチャッチャする前に鶏脂を入れているのがポイントなんだとか。背脂を入れる前に鶏脂を入れることで、さっぱり仕上がるそう。「この工程はうちの自慢です。料理人ならではの和食の発想です」。
お客さんをやさしくだましながら味を進化させる
食べ歩きと釣りが趣味という長谷川さん。「毎日食べ歩いてます。だいたい大衆酒場。ラーメン屋にもいきますよ。無名の。知らないところに入るのが好きでね」と笑う。「そんなところでも毎日学びがありますね。味だけじゃなくて、店員さんだとか、お客さんだとか。店ののれんやちょうちんを見たり。いろんな意味で勉強になる。感じたことは全部店に活かします」。だからお店も常に進化する。
創業当初からのいちばんのこだわりは「普通においしいラーメン屋さん」と長谷川さんは話す。「シンプルに“町のラーメン屋さん”でありたい。マニアックな物じゃなくて、万人が食べられるラーメン。実際、昔からの地元のお客さんが多く、年齢層の幅が広い。おじいちゃんおばあちゃんが孫を連れて来たり。女性客も多いし。みんな翔竜麺を食べに来ます」。
メニューの中で翔竜麺だけは屋台の時代から変わっていない、とはいえ、実は味は進化しているという。「お客さんにわからないようにどんどん変えていってます。お客さんもどんどん舌が肥えていきますから。でも『昔とおんなじだね』って言われます」と笑う長谷川さん。
お店の味とお客さんの舌とが一緒に成長しているってこと? 「そうですね、多分、昔のまんまだったら今のお客さんはいなかったかなと思います」。確かに、まったく同じままだったら飽きられてしまうかもしれない。変わっていない、と思わせながら飽きられない味に進化させるって、すごい手腕だ。
「今後も変わらず、わからないように味を進化させていきながら、やさしくお客さんをだましてあげる」と長谷川さん。本当にだまされてしまうのか? 自分の舌を試すためにも、これから頻繁に足を運んでみよう。
取材・文・撮影=丸山美紀(アート・サプライ)