「この不思議な土地は何だろう?」
残余氏(ざんよし)さんは長年残余地を観察・記録し、ホームページ「THE 残余地」 やSNS(@hachiozin)で発信を続けている。
はじめて残余地に目が留まったのは、幼少期。親戚宅の窓から線路を走る電車を見ていた時、線路と道路に挟まれた、謎めいた土地に目が留まった。
「小規模に開発された住宅団地の一角にあった小島のような空間に、プレハブの町会館や電話ボックスがあり、そこへ登るための階段もありました。公園でもないし、空き地でもないし、庭でもないし……この土地は一体何なんだろうと、すごく不思議に思ったんです。私の残余地の原体験はこういう、一つの区画にさまざまな機能がごちゃごちゃと集約した土地です」
小さな頃から気になっていた謎の土地を本格的に記録しようと思い立ったのは、高校時代。図書館で手にとった土木関連の専門書に、土地利用の隙間に生じる余白のような空間が「残余オープンスペース」という言葉で定義されていた。
「書道では余白によって書体が引き立つように、都市にも余白が必要だといったことが書かれていました。もともと気になっていた余白のような土地は、土木業界でも認知されているものだと知ってますます興味が湧き、写真で記録し始めるようになり、ホームページ『THE 残余地』も立ち上げました」
街の隙間に生まれ続ける残余地
(1)四角いものを配置した隙間
残余地の発生経緯はさまざま。残余氏さんのお話をもとに、一例をご紹介する。
まずは前述のように、住宅団地の一角にある残余地だ。
「『住宅団地入口型』の残余地です。家を建てられない半端な土地のことを、土木業界では野菜のヘタに例えて『ヘタ地』と呼んでいるそうです。住宅団地の余った土地に防災倉庫や住宅の案内図、ゴミ捨て場、消火設備、自動販売機、防災倉庫などが置かれ、まさに野菜のヘタを活用するように、住人のサービスのために活用されています」
「駐車場にも残余地が発生することがあります。駐車スペースは長方形なので、敷き詰めていくとどこかが余ってしまうんでしょうね。写真の駐車場は、手前にある大通りから出し入れしやすいように駐車スペースを配置した結果、はじっこに残余地が生まれてしまいました。だいたいこういう残余地には自動販売機が置かれたりしますが、ここは人通りがない場所だったので、ただ看板が立っていました」
街に何か新しいものを置いたり作ったりする時、多くの場合は既存の土地利用と調整を重ねながら、少しずつ更新されていく。
大元の地形を引きずった土地の上に、住宅や駐車スペース、物置といった四角い人工物を配置していくと、どうしても隅には余白が生じてしまう。それが結果的に「残余地」となるのだ。
(2)後から横切った道が土地の一部を切り取る
従来の街区を水道道路などまっすぐな道が横切った結果、残余地が生まれてしまうこともある。
「水道道路の場合は、地下に通した水道管の上にできる道路が、直線状に従来の街区を横切ります。以前、葛飾区にある水道道路の近辺を街歩きしたことがあったのですが、沿道上に三角形の残余地が連続して見られました」
(3)動かせないものが残った結果
祠や道祖神など動かしにくいものの周囲が残余地化する、といったケースもある。
「写真は、駐車場の一角にあった祠です。ストリートビューで遡って少し前の写真を見てみると、民家の塀で祠が見えない状態でした。つまり祠はずっとここにあったんですが、駐車場になって塀がなくなったことで、表に出てきたんです」
駐車スペースと同じくらいの広さで鎮座する祠。
まっさらな状態で一からここを駐車場にする場合だと、いま祠がある場所は真っ先に駐車スペースになりそうなものだが、祠があることで、従来の土地の記憶がその一角だけ残ってしまう。
(4)あえて設けられる残余地
結果的に生まれてしまった残余地だけでなく、「交通島」のように、自動車の侵入阻止や流動抑制のためあえて設けられる残余地もある。
残余地には周辺地域の暮らしがにじみ出る
このように、さまざまな経緯で発生する残余地だが、残余地上に配置されたものを見ると、やむを得ず生まれた余白をなんとか有効活用しようとする、周辺地域の住人たちの試行錯誤が垣間見える。
「ゴミ捨て場や消火設備など物理的に必要なものは、目に届きやすい残余地の上に置かれがちですね。住宅地図や郵便ポストなどもよくあります。
「また、かつてあったものの残骸が『トマソン』のように残りがちなのも残余地の特徴です。土地利用の更新性が遅く、あえて撤去する理由もないからでしょうね。上の写真は、地面を均す整地ローラーが遺跡のように残った残余地です」
小規模な残余地には、可動性やフレキシブルさゆえか、鉢植えが置かれがちだそう。
川の淀みのようにさまざまなものが堆積していく残余地。街でぽっこり生まれた余白の活用の仕方には、どこか暮らしや人間味がにじみ出ているのが味わい深い。
一方で、最近では何も置かれていない残余地も増えてきているという。
「最近は写真のように、図形がそのまま現れたようなシンプルな残余地が多くなってきていますね。自分としては色々な情報が乗った残余地が好きなのですが、最近は残余地上の情報はどんどんなくなってきている気がします」
「この残余地は、SNSでもよく投稿されている残余地です。気になる風景ですよね。偶然15年くらい前、同じ場所を写真に撮っていたんですが、かつては後ろの建物がDVD屋さんでした。残余地の場所には機材や商品が置かれ、倉庫代わりに使われていたようです。お店が閉店して商品などがなくなると、おそらく空いた場所に無断駐輪されていたんでしょうね。それを防ごうとした結果、呪いのようにガードレールが置かれてしまいました」
かつてはものが置かれていたけれど、定点観測しているうちになにもない場所になっていった、という場合も。
冒頭で紹介した残余地も、今ではなにもない土地に階段だけがトマソンのように取り残された状態となった。
また以前は宣伝のために看板や商品のアンテナが置かれていた残余地は、年月を経て掲示板だけが残り、草に覆われた状態となった。
「今はみんな、スマホで通話したり情報を得たりする時代。それを反映してか電話ボックスはもちろん、看板も減ってきています。いわば、スマホが残余地みたいなものかもしれません」
残余地を辿ると見えてくる、地域の小さな歴史
残余地を見つけると、「ここはなんだろう、昔何があったんだろう」と追求したくなるという、残余氏さん。たしかに街なかにぽっこりと浮かび上がった余白は、異界への入り口めいてもいて好奇心を掻き立てられる。
ストリートビューや昔の地図で残余地のかつての様子を調べると、知られざる地域の歴史が紐解けることもある。
「この残余地を見た時、スペースに対して階段が随分立派だな、と思っていました。残余地の一角にあった住宅地図を見てみたところ、謎めいた空間を発見しました」
「この細長い空間はなんだろうと思って、昔の航空写真を確認してみたところ、かつては最寄り駅につながる道だったということが分かりました。後日、その道の一部が残っていることも偶然発見しました。現在は住宅によって途中から塞がれていますが、道の名残であるガードレールも残っています。
こうやって残余地を通して、どこにも記録されていない地域のマイナーな歴史を発見するのが楽しいですね」
今の状態から過去に遡っていったり、新たに誕生した新大陸を見守るように定点観測で変遷を見届けていったり。余白だからこそ想像の余地を受け入れ、街にゆるやかさやアクセントを与える。
また積極的に使われない場所だからこそ、かつての土地利用の記憶が残り、そこを入り口に歴史を辿れる場合もある。
「どんなに新しく作った場所でも常に開発はされ続けていて、必ず余る場所があります。ニュータウンのような大規模な開発でない限り、既存の地形や自然を削るので、どこかしらに必ず残余地が発生するんです」
今日もどこかで、新しい残余地が生まれ続けている。
取材・構成=村田あやこ 参考文献=『新体系土木工学58 都市空間論』(土木学会編、技報堂出版)、『街角図鑑』(三土たつお編著、実業之日本社)
※記事内の写真はすべて残余氏さん提供