Cubic cloud on the rooftop《屋根の上の四角い雲》
Cubic cloud on the rooftop《屋根の上の四角い雲》

これは4面とも真っ白になった無言ビルボード。典型的な〈高所無言板〉で、まちのどこからみても「無ここに在り」という不条理なパワーを発しています。

アートが好きな人なら、写真家の木村華子がこれと同様の被写体の写真にネオン管を取り付けた作品シリーズ《SIGNS FOR[   ]》を連想するかもしれません。何のサインなのか、タイトルに含まれる空白は、どんなものでも代入可能な曖昧さと多様性の時代を表しているようにも思えます。

さて、あなたの想像力ではここに何が投影されますか?

White crown《白い王冠》
White crown《白い王冠》

見上げれば青い空に白い雲、そしてここにも四角四面の無言ビルボードが。

やけに横長のプロポーションですが、これはビルの屋上にある水道タンクや空調の室外機の目隠しの役割もあるのでしょう。1階のテナントが銀行の支店だったのでここには以前までその長い名前の銀行のロゴが書かれていたのですが、支店の統廃合によって閉鎖された結果がこの通り。

白い王冠を頭に載せてどこか悠然としています。

Sugar cube on the top《大きな角砂糖》
Sugar cube on the top《大きな角砂糖》

ショッピングにも住むにも若い女性に人気のある吉祥寺駅前の一等地にあるビルですが、10年以上前からずっと大きな看板が空いています。

昔はJR中央線上りプラットホームからこの看板がよく見えたのですが、駅ビルの改装工事とともに線路沿いに壁が立てられてしまったので広告効果が失われてしまったのです。

気付いている人はあまりいないと思いますが、朝と夕では日差しの角度で面持ちを変えるさまが日時計のようだと思いました。

Skelton on the top《突端の骨格》
Skelton on the top《突端の骨格》

年季の入ったビルの屋上に無言ビルボードを見つけました。ついに白い板まで外されてしまったスケルトン型です。もうこの場所は価値なしと判断して広告看板の営業そのものをやめてしまったのでしょう。

板は外しても骨組みまで解体する予算がないのか、それともここに再び広告看板が張られる日が来るのでしょうか。背景の曇り空のように心も晴れません。

Sadness because the gas station was closed《ガソリンスタンドが閉まって悲しい》
Sadness because the gas station was closed《ガソリンスタンドが閉まって悲しい》

こちらは閉鎖したガソリンスタンドです。見上げると白くなった看板が夕陽を浴びています。

ガソリンスタンドの看板はもともと遠くから目立つような高さと大きさに設えられているので、それが無言板になるとまさに無用の長物以外の何物でもありません。でも、こうして夕陽にうっすらと染まる姿は意外になかなかのものですね。

マーク・コスタビの作品集『ビデオ・レンタル・ストアが閉まっていて悲しい』になぞらえて題名を付けてみました。石油価格が高騰しEVが普及していくなか、いつかこの世からガソリンスタンドがなくなる日がやってくるであろうことにもしばし想いを馳せます。

V is for vacant《空っぽなV》
V is for vacant《空っぽなV》

ピンクとライトブルーのカラフルな色面が残された無言ビルボード。ブルーが空色に溶け込んでピンクのV字形が浮かんでいるように見えました。

よく見るとブルーの色面の右下と左下に何かを塗り消した痕跡があるのが分かります。不要になったビルボードを真っ白に戻すのではなく最小限のペンキを加筆するだけで無効化してみせたということでしょう。

Cut out a square in the sky《空を四角く切り取りなさい》
Cut out a square in the sky《空を四角く切り取りなさい》

のしかかるような色の雲をバックに真っ白のビルボードがそこだけ四角い穴が開けられたように輝いて見えました。

心の中でオノ・ヨーコのインストラクション・アート(命令文のテキストだけからなる詩のような作品)風のタイトルを付けて、想像のハサミで空を切り取ることにします。

Put cut-out sky in the air《切り取った空を空中に浮かべなさい》
Put cut-out sky in the air《切り取った空を空中に浮かべなさい》

こちらは番外編です。

先ほど切り取った空を今度は別の場所で空に掲げてみました──というのは嘘で、これはれっきとしたアート作品。ビルボードに大きくプリントされた雲の写真が貼られています。

作者は現代美術家の廣瀬智央。前橋市に住む子どもたちとお母さんたちと空の写真を交換し合う《空のプロジェクト》から生まれたこの野外インスタレーション《遠い空、近い空》は、群馬県前橋市の元百貨店をリノベーションして作られたアートセンター「アーツ前橋」の屋上にいまも設置されています。

雲のビルボードはいつも同じなのに、天気や時間によって本当の空の様子が変わると作品の印象が違って見えるから不思議です。この作品は道ゆく人に毎日ここで空を見上げてもらうための装置として機能しているといってもいいでしょう。

さて、今日あなたはどんな空を見上げましたか? 視線も心も上向きでいきましょう。

文・写真=楠見清