昭和の浅草で劇場文化と共に歩んできた店
『珈琲 ハトヤ』は酒井弘之さんと奥様の礼子さんが2人で切り盛りする店だ。外に置かれた看板といい、食品サンプルが並んだショーケースといい、そこかしこに長い歴史が感じられる。カフェというよりも、昔ながらの喫茶店といった方がしっくりくるだろうか。
もともと1927年(昭和2)に礼子さんの祖父母がこの場所で店を始め、3代目。『ハトヤ』は90年以上もの間、浅草の移り変わりを見てきた。
「昭和初期の頃の浅草は劇場街で、街はずいぶん賑わっていたようです」と酒井さん。店内にある1939(昭和14)の浅草界隈の地図は、当時いたるところに劇場があったことをおしえてくれる。店には寅さんこと渥美清や脚本家のサトウハチロー、劇作家の菊田一夫といったそうそうたるメンバーが訪れていたという。
「店の向かい側にも劇場があって、その2階が楽屋になっていました。窓から、コーヒー3杯持ってきてー!なんて注文が入ったりもしたそうですよ」と酒井さん。
シンプルだからこそごまかしの効かない味
『ハトヤ』では礼子さんがキッチン、そして酒井さんがホールを担当している。「メニューは先々代の頃からほとんど変わっていません。先代のときにはカレーやシベリアといったメニューも置いていましたが、結局今も残っているのは先々代からあるものばかりです。レシピもそのまま受け継いでいますね。」と礼子さん。
この日注文したのはミックスサンドだ。
ハムサンドと玉子サンドが半分ずつ盛り合わせてある。ハムサンドはからしマヨネーズがピリッと効いたパンチのある味だ。一方の玉子サンドは、いわゆるゆで玉子をマヨネーズで和えたものではなく、ふわっと焼いた玉子焼きをパンに挟んだサンドイッチ。玉子のおいしさがストレートに感じられる。ハムサンドの程よいからしの刺激と、玉子サンドのやさしい味わい。メリハリが効いた組み合わせだ。そしてどちらのサンドイッチもシンプルで、余計な具材は一切入っていない。シンプルゆえにごまかしが効かないということでもあるだろう。
キッチンの奥でジューサーのまわる音が聞こえる。チョコポッキーが添えられたバナナジュースが登場した。
表面が泡々として、まさに今つくられたといった感じだ。まったりしすぎず、見た目よりもさっぱりとした飲み口でゴクゴクいけてしまう。
私たちにできるのは『ハトヤ』ならではの味を守り続けること
「先々代は新しいものが好きで、時代の最先端を行っていました。喫茶店もまだ珍しかった。コーヒーは当時高級な飲み物でしたが、それが徐々に誰もが手軽に飲めるようになった時代でもありました。その頃『ハトヤ』では、コーヒーを1日1000杯売っていたそうです」と酒井さん。
その後に礼子さんがこう続けた。「私たちは先々代のようにいろいろチャレンジしたりすることはできません。私たちにできるのは、昔から続けてきた『ハトヤ』ならではの味を守っていくことだと思っています」。
ひとつ興味深いエピソードを聞かせてもらった。
『ハトヤ』ではマヨネーズなども一から手作りだ。先々代の頃からそれが当たり前だった。あるとき先代である礼子さんのお父さんが、体力的にマヨネーズを作るのがむずかしくなり、「もうマヨネーズを買ってきてくれ」という言葉を口にしたことがあったそうだ。そのとき礼子さんはとっさに、「それはやっちゃだめだよ。教えて。私たちが作るから」と言ってマヨネーズの作り方を教えてもらったというのだ。
受け継がれてきた味を守っていくというのは、きっと生半可な気持ちではできないことだろう。節目節目の誰かの強い意志があってこそ、守られていくものなのだと思う。
最近は若い女性のお客さんも増えたそうだ。「こういう昔ながらの喫茶店が好きなんです」と言って来てくれる人も少なくない。
「前におじいちゃんがお孫さんを連れてきたことがあったんです。おじいちゃんも子どもの頃、ここでホットケーキを食べたんだよ、なんて話をしてましてね。そんなことを聞くと、今うちに来てくれる若いお客さんたちも、この先お子さんやお孫さんを連れて同じように『ハトヤ』に来てくれたらいいなぁって思います」。
店というのは、店主さんやそこで働く人たちの人柄、雰囲気がそのまま映し出される鏡のようなものだと思う。物腰柔らかな酒井さんの接客。長く受け継がれてきた味を忠実に伝えたいという礼子さんの意志。そのふたつが、静かで落ち着いた店内の雰囲気とやさしく溶け合う。
今度来たときには人気メニューのホットケーキも注文してみよう。この日最後にいただいたホットコーヒーは濃すぎず、穏やかな酸味でホッとする味だった。
構成=フリート 取材・文・撮影=千葉深雪