しみじみの極意を聞き出して実践する「しみじみ総研」
「『しみじみ』は時間をかけて広がる、いわば『面の感動』です。<中略>例えば東京スカイツリーの展望台から大パノラマを見て「絶景だ!」と叫ぶのは点の感動。街を見下ろして『小さな家々にも人が住んでいて、それぞれにドラマがあるのだなあ』と感じるのは面の感動、『しみじみ』です」
これは、日本語の意味をひもとく連載「4コマことば図鑑」にて、国語学者の小野正弘先生による「しみじみ」ということばの解説。
「しみじみ力」を身に付けることができれば、散歩の楽しみは無限に広がるのではないか? そんな仮説から、さまざまな分野の専門家に「しみじみ」の極意を聞き出して実践するシリーズ。
堀本 裕樹(ほりもと ゆうき)
俳人。1974年和歌山県生まれ。俳句結社「蒼海」主宰。
俳人協会幹事。國學院大學卒。第2回北斗賞、第36回俳人協会新人賞受賞。
二松學舍大学非常勤講師。2022年度「NHK俳句」選者。著書に句集『熊野曼陀羅』(文學の森)、芸人・又吉直樹との共著『芸人と俳人』(集英社文庫)、『俳句の図書室』(角川文庫)、『NHK俳句 ひぐらし先生、俳句おしえてください。』(NHK出版)、『桜木杏、俳句はじめてみました』(幻冬舎文庫)、『散歩が楽しくなる 俳句手帳』(東京書籍)などがある。
俳句歳時記を片手に季語をみつける
堀本:大磯は「湘南発祥の地」と言われています。中国の景勝地「瀟湘湖南(しょうしょうこなん)」に似ていることから名付けられたそうです。
海、山の美しい景色と温暖な気候にめぐまれ、明治以降はたくさんの別荘が建てられました。
筆者:伊藤博文や吉田茂など、大物の邸宅跡が遺っていますね。
堀本:村上春樹さんも大磯の高台に居を構えることが知られています。別荘地らしい静かな街の散歩は、俳句の題材を探すにも最適です。ほら、あそこのお宅の庭には、春の季語でもあるきれいな木瓜(ボケ)の花が咲いています。
筆者:本当だ。やはり季節の変化を察知するのは、俳句作家ならではの感覚なのでしょうか。
堀本:そうですね。季語を探しながら歩く習慣が身についています。
季語を知ると、モノゴトを仔細にみたり、角度を変えて考えることができるので、散歩が楽しくなりますよ。
筆者:単に季節に意識を向けるのと、季語を知るのでは、どんな違いがありますか?
堀本:より敏感に季節を感じられるようになります。たとえば、春の時候の季語にも「春めく」「春寒」「冴返る」「暮の春」など、さまざまな表現があります。
「春めく」は寒さが緩み、春らしくなってきた様子を指します。「春寒」は立春後の寒さ、「冴返る」は暖かくなりかけたころ戻ってくる寒さを言います。
「暮の春」は春が終わろうとするころのことで、春を惜しむような感慨につながります。
筆者:今日は、玄関を出たときに、久々に耳が痛くなるような朝でした。「春寒」や「冴返る」がぴったりです。
私は「思ったより寒い」とひとことつぶやくくらいでしたが、自分の感覚を季語に照らし合わせると、より季節が鮮明に表現できるような気がします。
堀本:なるほど。そうですね……。(30秒沈黙)こんなのはどうでしょう。
「戸を出でて春寒き耳持てあます」
筆者:おおっ! すっきりと整理され、今朝の感覚がよみがえってくるようです。
「外に出たら春なのに寒い」というだけでなく、「持てあます」の表現が、私のちょっとした戸惑いを表現してくれています。
堀本:春がもう少し深まると聴こえてくる「囀(さえず)り」という季語があります。鳥の求愛行動などの鳴き声ですね。そんな色々な春の声を聞きたいけれど、まだ聞こえず持て余している、という感覚も出るのではないかと。
筆者:そこまで深くは読めませんでした! ぐっと「しみじみ」度が高まります!
日本は春夏秋冬の彩り豊かな国だと言われますが、本当はもっと細かく季節が変化しているはずですよね。
堀本:そのとおりです。日本には、二十四節気(太陽の動きに合わせ24に季節を分類)や七十二候(鳥や虫、植物、天候などの様子が約5日ごとの時候の名に)という考え方もあります。
季語はそんな繊細な感覚を表現していることばなのです。
筆者:季語を念頭に散歩すると、「しみじみ度」が高まりそうです。私たちが季語を学ぶにはどうするのがよいでしょうか?
堀本:季語の辞典である「俳句歳時記」を読むとよいでしょう。歳時記には季語の説明が添えられていて、本来の意味や情感を教えてくれます。例句もいくつか挙げられているので、先人の発想から想像力を広げることもできます。私も含め、俳人はプロ・アマ問わず、歳時記を持ち歩いています。散歩のお供にもおすすめです。
筆者:歳時記にも色々ありますが、初心者におすすめの一冊などあれば教えてください!
堀本:私は「合本俳句歳時記(角川書店)」をおすすめしています。一冊に四季の季語が収録されていて、説明や例句も充実しています。散歩に持ち歩くなら値段も手頃な文庫版もよいですね。
名吟を知ってイメージを広げる
筆者:「日本三大俳諧道場」のひとつ「鴫立庵」にやってきました。西行法師が庵を結んだという名所ですね。
堀本:(入り口の係員に)どうも、堀本です。お世話になっています。
筆者:顔パス! 現代の俳人にもなじみの深い場所なのですね。
堀本:はい、テレビ番組の収録をしたり、道場で句会を催したりと、色々お世話になっているのです。
筆者:すぐそこの大通りとは別世界のような穏やかな空間です。ああ、この梅の花はかわいらしいですね。
堀本:「梅一輪一輪ほどの暖かさ 嵐雪」
筆者:梅の花くらいの小さな暖かさ。花と春の予感を愛おしむ感じが伝わってきます。
堀本:季節への繊細な感覚が表現されていますね。おっ、この「菜の花」も春の季語です。
筆者:私は菜の花を見て「春だなあ」と感じるくらいですが、もう少し「しみじみ」を深められれば、と思います。
堀本:「菜の花や月は東に日は西に 蕪村」という句が有名です。どう読みますか?
筆者:月と太陽が両方出ているわけですから、夕景ですよね。夕日に照らされる菜の花畑の広々としたイメージが浮かんできます。
堀本:いいですね。さらに深く読むと、宇宙との一体感のようなものを感じませんか?月と太陽が同時に現れて、一方は昇り、一方は沈んでいく……壮大な天体ショーです。足下には菜の花が根を下ろす大地が広がっています。
筆者:ほおおお、はるかに壮大! 「菜の花や」で地上にあった視点が、地球の外へ飛び出してしまいました! これこそ、想像力をはたらかせて感動する「しみじみ」の真骨頂だと思います!!
堀本:「しみじみは面の感動だ」と、さんたつで国語学者の小野正弘先生がおっしゃっていますね。見聞きしたことをきっかけに、能動的にイメージを広げていくことだという解説に、俳句との共通点を感じました。
堀本:俳句の上達には「読む」「詠む」の両方が大切だとぼくは思います。名句を鑑賞するのと同時に、自分で一句つくろうとするからこそ、想像力が養われるのも確かです。俳句的なものの見方は、散歩を楽しむにも役立ちますよ。
筆者:アウトプットを前提に歩くことが大切ですね。ぜひ、俳人の散歩術をお教えください!
やってみた! 季語のお題散歩
「しみじみ総研」では、お聞きしたプロのノウハウをヒントに、筆者自身も散歩の手法を開発してみる。
堀本さんによれば、句会では、お題を元に参加者が俳句を詠み、互いに評価し合うという。あらかじめ出されるお題を「兼題」、その場で出されるのが「席題」だ。
私たちも、お題をもって街を歩いてみてはどうだろうか。俳句歳時記を開いて、その日に合う季語を心にとめておくと、季節の表情を敏感に感じることができる。
俳句を詠む必要はない。しかし、なにかの形でアウトプットをおすすめしたい。手帖や日記に記したり、同行者と話したり……。筆者は春の季語「木の芽時」「風光る」をお題に地元の浅草を散歩し、写真にひとことを添えてSNSに投稿してみた。
取材・文・撮影=小越建典