大学時代はラーメンと音楽の日々。卒業してすぐにラーメン屋の道へ。
高円寺駅北口から徒歩5分ほど。庚申通り商店街を曲がった細い路地に面した場所に『麺屋はやしまる』はある。オープンは2004年。店主の林信(はやしまこと)さんは、大学卒業後複数のラーメン店で修業。最後の修業場所が目黒の『支那ソバ かづ屋』だった。
「目黒の『かづ屋』は社会人になってから何度も食べに行っていた店です。ワンタンはもちろん、チャーシューをオーブンで焼くスタイルも、自分が店を持ったらやりたいと思っていた方法でした。タイミングよく募集があったんです」
林さんは都内のある美大で油絵を専攻していた。「ラーメンばっかり食べて、学業はあんまりがんばっていなかった」と学生時代を振り返る。ラーメンと音楽にしか興味がなく、CD屋でアルバイトをしながら、ラーメンを食べ歩いた。雑誌で情報収集し、都内近郊の有名店はもちろん、札幌や旭川、喜多方などにも遠征。食べたラーメンについてはノートに綿密に記録していた。
単位取得に必要な作品制作は粛々と行なって、大学は4年できっちり卒業。ただし就職活動はせず、ラーメンを仕事にしようと挑戦する。「卒業式が終わった3月に求人情報誌を見て、面接に行きました。体力はあると思っていたし、一生懸命やってみようと」。
ラーメンを仕事にして、はや四半世紀。卒業してから一度も絵を描いていないが、いつか余裕ができたらまた描きたいとは思っているそうだ。
17年で改良を重ねた自家製麺とワンタンの皮。舌触りや喉越しがポイント。
『かづ屋』での修業を終え、独立したのは31歳の時。つけ麺とワンタン麺の2本柱というスタイルは最初から変わっていないが、自家製麺とワンタンの皮は何年もかけて改良を重ねてきた。
「粉も製法も変えてきましたね。スープと相性よくなじむように、太さはあっても滑らかに。もっちりした食感も大切にしています」と林さん。
林さんがラーメン作りの中でいちばん好きなのは、製麺作業だという。「製麺のおもしろさは、毎日やっているけど毎回違うところ」と話す。時間がかかる分、鍋の前に張り付いている必要はないスープ作りよりも、朝、店に来て3時間ほどの間に集中して作業する製麺の方が性にあっているようだ。
大鍋で茹でた麺は平ざるで麺あげする。茹でる前から喉越しがよさそうな食感が想像できるが、鍋の中で泳ぐ姿にも艶が見て取れる。太麺なので茹で時間は長め。自分で作った麺は茹で時間の調整がしやすいのも気に入っているのだとか。
ミックスわんたんつけめんの塩1060円をいただいた。自慢のワンタンが肉と海老、両方楽しめる1杯だ。茹で上げて手早く水で締め、平皿に守られた麺はツヤツヤ。太麺ながら、ツルツルでモチモチの食感に箸が止まらない。
皮は薄さと滑らかさ、強くて破れないという、相反する特徴を持たせているワンタン。トゥルっとした舌触りに満足感がある。具は食感を残した甘い海老。そしてもう一方は、豚肉のむちっとした食感と旨味。「肉派と海老派に分かれますね」というが、どちらかを選ぶのはなかなか酷なので、両方食べられるミックスをおすすめしたい。
スープに感じる酸味は、今の時期はゆず皮で風味をつけた酢が入っているから。若干の油分はダイレクトに感じるがしつこさはなく、鰹が香る。「スープは普通に鶏と豚のガラスープと煮干しと鰹に香味野菜を入れた和風のスープをブレンドしています」とのこと。つけ麺用に動物系のスープも、和風だしも、それぞれラーメンより濃度が濃いものを別に準備している。
塩だからさっぱりしているのかと思えば、醤油でもさっぱりとのこと。後味は一味が舌に印象を残す。
冬は味噌カレーラーメン、夏は冷やし麺など季節のメニューも取り入れつつも「昔からの製法でやってます。そんな真新しいものはないですよ」と話す林さん。「自分のやれることがこれしかないから、変えるとよくないと思うんです。だから手を抜かない」と語り口にもストイックな印象が現れる。麺の滑らかさにも、ストレートな人柄があらわれているのだろう。
取材・撮影・文=野崎さおり