静かな路地に存在感あふれる喫茶店
『炭火焙煎珈琲 利休』を見つけるのは簡単だった。駅からの道のりも、まっすぐ歩いて3つめの路地を左に曲がるだけ。すぐに『利休』の2文字が目に飛び込んでくる。にぎやかな大通りの喧騒から突然切り離されたような路地でその店は、圧倒的な存在感を放っていた。
店主の秋山千鶴子さんがこの店をオープンしたのは、今から27年前の平成7年(1995)のこと。もともとは夫婦で米屋を営んでいたのだが、ご主人の病をきっかけに重労働の米屋から喫茶店に業種替えをすることにしたのだそうだ。しかし、喫茶店開業の3年前にご主人を亡くされ、千鶴子さんお一人で『利休』を始められた。
珈琲学校に通って指導を受け、コーヒーの淹れ方やコーヒーを淹れるのに重要な淹れるときの心構えまで、基礎からみっちり学んだ。
そしてその時、学校の先生のアドバイスもあり、高くても1杯だての美味しいコーヒーが飲める高級感のあるお店にしようと決めた。そのために、お店の造りにもお金をかけた。
「結局、主人とやろうと思っていた喫茶店とはぜんぜん違うものになっちゃったんですけどね(笑)」と、オープン当時のことを語ってくれた。
カウンター奥の棚いっぱいの高級コーヒーカップが圧巻!
ヨーロッパ・アンティーク調の装飾が施された店内は、存在感を放つ外観にも負けない高級感あふれる雰囲気。なかでも圧巻は、カウンター奥の棚にずらりと並ぶハイブランドのコーヒーカップだ。ウエッジウッド、リチャードジノリ、マイセン、ミントン、ロイヤルコペンハーゲンなどなど。それが今も現役で使われている。
「そのころ(オープン当時)はお若い方でも、ウエッジウッドのジャスパーで淹れて、とかって(カップを)名指しでいらしゃる方もいましたね」と千鶴子さん。そして「でも最近は、そういう方も少なくなりましたけどね」と続けて笑った。
『利休』名物は自家製チーズケーキとプチスイーツのお通し⁉
喫茶店の名物といえば、ケーキなどが一般的だと思うが、『利休』ではちょっと変わったものが名物だ。もちろん、千鶴子さんが作る自家製チーズケーキも人気だが、来店すると出される手作りの羊羹とゼリーのお通し(無料!)だ。
「うちではお客様が来たらとりあえずお菓子をお出ししてるんです、みなさんに。これが結構評判良くて、これを食べに来てくださる方も多いんです。羊羹はいつもですが、ゼリーはそのときによってグレープフルーツかアンズで」とのことで、来店してくれるお客様をおもてなしする千鶴子さんの心づくしのプチスイーツだ。
注文したチーズケーキの前に出されたプチスイーツをいただいたが、クリームチーズとサワークリーム、生クリームのみで作られたチーズケーキもペロリと完食。少し固めの食感のケーキに、甘いブルーベリーソースがかけられている。昔懐かしい味がした。
お店の雰囲気、使われている食器やメニューのラインナップ、そして上品なママも、いい時代だった日本のあっちこっちにあった、まさに王道の喫茶店だ。
余談だが、この店はよく老若男女のお見合いの場に利用されるのだそうだ。初めて会うお見合い相手と待ち合わせをする喫茶店。
お見合いの相手より先に来て、不安そうに待つ女性に千鶴子さんがたい焼きを出して励ましたことがある。後日、その女性がお礼に来て、コーヒーを飲んでいったことも。
前時代的に思えるお見合いも、ここでは違和感なく感じるから不思議だ。
取材・文・撮影=京澤洋子(アート・サプライ)