赤羽の夜のにぎわいとともにオープンする店
JR赤羽駅南改札口を出て東口方面へ。駅を出てすぐの路地裏の一帯は、ひと昔前まで女性の一人歩きは怖いといわれていた地域だが、現在はおしゃれなバーや新しめの立ち飲み店など、一人飲みでも楽しめそうな店が並ぶ。
その一角にある『赤羽とんや』。明るい時間に行っても営業していない。開店時間は21時。このあたり一帯がにぎわってくる時間帯だ。
優しい笑顔で迎えてくれるのは店長の西方勝さん。「早く社会に出たい」との思いで高校を中退、16歳の頃から中華屋さんで働き始め、その店で16年間働き上げた。32歳で独立。2歳下の弟さんと一緒に埼玉県越谷市にラーメン店『とん家』をオープン。すぐに繁盛店に。
「営業時間は昼の11時から翌朝の5時まで。オープン当初は寝るひまもなくて。ネギを切りながら寝ちゃうんですよ。寝ないように足にお湯をひっかけてみたりして。若かったですね。今はそんなことないです」と笑う西方さん。
弟さんは現在も越谷の『とん家』を切り盛りしているそうだが、西方さんは「いろいろ疲れてしまって」40歳のときに一度ラーメン屋を離れ、1年ほど運送業に。しかし、やっぱりラーメン屋に戻りたいという気持ちが大きくなり、どうせだったらこれを機に違うラーメンも身につけようと一念発起して、多くの直営店を持つ飲食関係の企業に入社。
「渋谷、自由が丘、浅草、銀座といろんなお店で働いて、すごくいい勉強になりました」と西方さん。その会社には北海道から九州まで、あちこちで働いていた人たちがいて、いい刺激をもらえたという。
「ただ僕、パソコンができなくて、それだけが大変でした。仕入れも全部パソコンなんで。それまでずっと留守電を相手に発注してたんで、パソコンの電源の入れ方もわからなくて(笑)。海苔を発注するのに100枚入りを4袋発注したはずが4ケース来てしまったことがあって。あれは参りました」。うわーっ、考えただけでもゾッとしますね……。
さまざまな経験を積み、そろそろまた自分の店がやりたいと思っていたところに、タイミングよく今のオーナーからお声がけがあり、赤羽に店を出すことに。2015年に『赤羽とんや』オープン。2022年で7年になる。
〆のつもりがまた飲みたくなってしまう味つけ
現在お店で出しているラーメンは、正油と塩の2種類。では、正油ラーメンに味付け玉子のトッピングでいただきます。
まずはスープから。味は少し濃いめだが、口当たりのいいスープ。西方さんいわく、「やっぱりお酒を飲んだ後はちょっとしょっぱいぐらいがいいかなと」。なるほど。ていうか、また一緒にビールが飲みたくなってしまいますね。
麺は平打ち麺1種類。喜多方ラーメンで使われているものに近い。ラーメン好きにはよく知られている菅野製麺所の麺を使っている。モチっとした食感でスープによくからむ。
自家製チャーシューはバラ肉を4時間煮込んで、その後さらに1時間タレで煮込む。火を止めてからもタレの中で5~6時間。翌日の分を毎日仕込んでいる。
西方さんにラーメン作りの決め手を聞くと「決め手はやっぱり“かえし”です。スープよりもかえしで味が決まると思っています。かえしにどれだけお金をかけるかで変わってくる」。コロナ禍で材料の入手が困難になるなか、味を落とさずにラーメンを提供するため、今は正油味と塩味にメニューを絞っているとのことだ。
原点である町中華の経験を活かしたメニュー展開をしていきたい
以前は家系、味噌ラーメン、辛いラーメンなどもやっていた。お客さんには「辛いのなくなっちゃったの?」などとよく聞かれるので、世の中が落ち着いたらまた徐々にメニューを増やしていきたいと思っているという。
最終的に目指したいのは町中華だそう。「味噌ラーメン、タンメン、もやしそば。基本はそっちが好きなんですよ。だからいずれは中華鍋を振って調理するラーメンを出せたらいいかな」。
閉店時間は朝の8時。お客さんが一番多いのは明け方なんだそう。ピークは朝4時ごろから。早起きしてくる人はいるんですか? 「そういう人はいないです(笑)そういう街じゃないですね。赤羽では朝7時からやってる立ち飲み屋さんもあります。だからここからまた次へ行く人もいます」。24時間飲める街なんですね。
お客さんは同業者の方が多いんだとか。居酒屋さんの主人やバーのマスターが自分のお店を閉めてから来てくれるんだそう。お住まいは現在も越谷の西方さん。いずれは埼玉に戻ろうと思ってらっしゃるのでしょうか? 「いや、ここで友だちもできたんで、この先も赤羽でがんばっていきます」。これからもずっと赤羽の〆はラーメンということになりそうだ。
取材・文・撮影=丸山美紀(アート・サプライ)