カレーを食べて頭の中の複雑な思いを解き放つ

目黒駅西口から徒歩1~2分。大通りから路地をのぞくと、黄色い看板が目に入る。目印は曲がり角にあるカレーうどん屋さん。カレーの店が並んでいるせいか、ほんのりスパイスの香りが漂う路地だ。

突き当りの建物内にはインド食材の専門店があるそう。そこからもスパイスの香りがするのかも。
突き当りの建物内にはインド食材の専門店があるそう。そこからもスパイスの香りがするのかも。
店の看板はビンディをつけ後光を放つ赤唐辛子。
店の看板はビンディをつけ後光を放つ赤唐辛子。

引き戸を開け、階段を地下へと下りる。店内は手前にテーブル席、奥にはキッチンを眺めながら食事ができる全16席ほどのカウンター。壁には絵やドライフラワーが飾られ、明るくてすっきりとしたつくりだ。

奥のオープンキッチンに沿ってカウンター席が並ぶ。
奥のオープンキッチンに沿ってカウンター席が並ぶ。
壁に飾られている絵画は、絵描きでもあるハルダモンカレーのオーナーシェフ・ハルさんの作品。
壁に飾られている絵画は、絵描きでもあるハルダモンカレーのオーナーシェフ・ハルさんの作品。

店名の『KERAKU』とは仏教用語で、「煩悩から解放されて得られる安楽」という意味。スパイスの刺激で頭の中の複雑な思いを一度ポーンと解放させるという意味でつけられたそう。「頭や心の中のいろんな感情をカレーでいったんオフにしてもらいたい、という思いが込められているんです……。説明が難しいですね」と笑顔で答えてくれたのは店長の李彰浩(イ・ジャンホ)さん。

基本のカレー3種はそれぞれが個性的な味わい

さあ、テーブルについてメニューをチェック。カレーは日替わりで、基本のカレーが3種、スペシャルカレーが1種の計4種。この日のメニューは、基本がカルダモンチキンカレー、ハーブのポークキーマ、カニカレーの3種、スペシャルカレーは黒毛和牛タンサグカレーというラインナップ。単品でも注文できるし、2種または3種の合がけもOKだ。せっかくなので、基本のカレー3種全がけを注文する。

「当店のカレーはすべてグルテンフリー。“健康的なカレー”がこだわりです」と李さん。ライスはGI値の低いバスマティライスとジャポニカ米のミックス、豆や野菜、スパイスがたっぷりで胃にやさしく、代謝アップが期待できるという。

本日のカレー3種全がけ1600円。器に入っているのがハーブのポークキーマ、左がカニカレー、右がカルダモンチキンカレー。
本日のカレー3種全がけ1600円。器に入っているのがハーブのポークキーマ、左がカニカレー、右がカルダモンチキンカレー。

テーブルに運ばれてくるといろんなスパイスの香りがプーンと鼻の奥をくすぐる。3種のカレーのほかに、5~6種類の副菜がカレーと一緒に盛り付けられる。この日はダル(豆カレー)、玉ねぎのアチャール、大根のウールガイ、小松菜の生姜炒め、キャベツのポリヤル(ココナッツ炒め)、そして真ん中にうずらの卵の全6品。副菜には季節の野菜が使われるので、時期によって内容は変わるそう。「副菜一つひとつにもすごく手をかけています。毎日仕込みが大変ですけど(笑)」と李さん。

3種のカレー、ひとつずつ味をみていこう。メニューに書かれた辛さ指数を見ると、3種のなかでいちばん辛いのがカルダモンチキンカレー。口に入れると、スパイスの香りが口いっぱいに広がって、あれ甘い? 一口目、二口目。三口目あたり、後追いでピリッとした辛味が一気に口の中に来た! とはいえ、辛いものが苦手でなければまったく問題ない、むしろ心地よい辛さといえる。カスリメティの苦みもいいアクセントに。

次はカニカレー。ひと口頬張ると、カニの旨みが口のなかいっぱいに広がる! かなりしっかりとカニの出汁がきいていて贅沢な味わい。ワタリガニの足がどーんと乗り、グレービーはズワイガニのほぐし身入りで、これまた贅沢。これ、原価割れしてますよね?

3つ目はハーブのポークキーマ。粗挽きのポークとじゃがいも、キドニービーンズが入ったグレービーは濃厚な口当たり。バジル、ミント、ディルなどのハーブがたっぷりで香り高く、クセになりそうな味わい。

混ぜれば混ぜるほどおいしくなるスパイスカレーの魅力

それぞれを食べ進めたら、最後は皿にのっているものすべてを思いっきり混ぜよう。スパイスカレーは、この「混ぜる」のが醍醐味だ。お米が全部の具材の旨みを吸い込んで、とってもまろやかでおいしさが何倍にもふくらむ。混ぜれば混ぜるほどおいしくなるのだ。

メニューはだいたい1週間で3種のうち1つが変わる。「酸味、甘み、辛さ。いつもバランスを考えてメニューを決めています」と李さん。メニューを考える際には混ぜることを前提に3つの組み合わせを決めているんだそう。全部混ぜて食べるって、ともすると雑な食べ方のようにも思えるけど、混ぜることがおいしく食べるためのひと手間なんですね。

カレーのお供におすすめなのが本場インドで約10年にわたり調理の修業をしたネパール人スタッフが淹れてくれるチャイ。ほどよい甘さとほんのりスパイスの香りで、辛くなった口の中がスッとやわらぎ、ホッとできる。

スパイスの刺激が残る口の中にやさしい甘さがしみる。チャイ400円。
スパイスの刺激が残る口の中にやさしい甘さがしみる。チャイ400円。

ディナータイムはカレーバーに?

店長の李さんは韓国出身。日本に来て10年になるという。「日本の文化に興味があったので、3カ月ぐらい勉強をしようと日本に来ました。日本語の勉強をしながら文化を学んだり、友だちを作ったりしようと考えていたんですけど、それが現在までに。3カ月のつもりが10年です(笑)」

韓国でスパイスカレーを広めたいという大きな夢を持っている店長の李さん。笑顔がステキ。
韓国でスパイスカレーを広めたいという大きな夢を持っている店長の李さん。笑顔がステキ。

韓国ではカフェを経営していたという李さん。経営者としてお店を運営していくなかで、インテリアの知識を持つことの必要性を強く感じたそうで、日本語学校を卒業後にインテリアの専門学校に入学。コーディネートからデザイン、家具作りまでを学んだ。調理は専門学校に通いながらカフェでアルバイトをし、基本のスキルを身につけたそう。

李さんがハルダモンカレーで修業を始めたのは専門学校卒業後。韓国でカレーといえばレトルトカレーで、それ以外あまり食べる習慣はないとのこと。特にスパイスカレーは韓国では見たことがないという。「例えば石焼ビビンバのように、韓国には混ぜ混ぜ文化がありますから、絶対にスパイスカレーはウケると思うんです。将来的にはスパイスカレーを韓国に広めたい」。

スタッフは李さんのほか、関西人、ネパール人、アルゼンチン人と国際色豊か。ランチタイムは連日行列必至だが、夜は比較的落ち着いているそう。ディナータイムにはお酒と一緒にカレーを楽しむお客さんも多く、たまにはお客さんと一緒に少し飲みながらお話することもあるんだとか。「カレーバーみたいなイメージですね」と笑う李さん。李さんをはじめとするスタッフの人柄に惹かれてお店に足を運ぶ人も多いようだ。

カレーを食べ終わると、スパイスの効果か体がポカポカ。煩悩からの解放を実感するには至らなかったかもしれないが、心も体も温かくなったのは間違いない。

住所:東京都品川区上大崎3-3-1 坂上ビルB1F/営業時間:11:00~15:00・18:00~21:00(土日祝は11:00~17:00)/定休日:無/アクセス:JR・私鉄・地下鉄目黒駅から徒歩2分

取材・文・撮影=丸山美紀(アート・サプライ)