線路沿いの駐輪場で見つけた〈エア看板〉の枠から白い雲の浮かぶ青い空が見通せます。まさに空っぽの無言板です。
位置やサイズから「バイク置き場」といったことが書かれていたに違いありませんが、いつ見てもバイクが停まっているので表示板がなくてもここに自転車を停める人はいなさそうです。だったらもう看板なんていらないんじゃないかという気もしますが、それでも撤去しないのはいつか新しい看板を付け替えるためでしょう。
〈エア看板〉は過去の遺物というより未来への約束ともいえます。
消防署が設置する消火栓の標識の下には通常広告板が入っているものですが、不況のためかスポンサー不在の状態が続いているようです。
しかも、これ一枚ではなくここ一帯すべての消火栓標識の下が〈エア看板〉と化していました。高いところにあるのであちこちで幾度となく空を見上げてしまいました。都会で空を見上げさせるための仕掛けとしてこれはこれで悪くありません。
板が外されて支柱だけが残された状態で、水平の棒が左右にはみ出した形状から、大雑把なたとえですが「鳥居型」と名付けている形です。
とはいえ下を人がくぐれるものでもなく壁際に張り付くように設置されています。
マイケル・ジャクソンのアルバム・タイトルでも知られる英語の「オフ・ザ・ウォール」は、壁から浮き上がっていることから転じて、群を抜いている、抜群に優れているという意味の慣用句ですが、この無言板も壁から少しだけ浮いていることで〈エア看板〉の仲間入りを無事に果たしています。
遠目に目立つ看板だったのはとうに昔の話。もはや完全に骨だけになった「スケルトン・モデル」です。
見たところ小屋のような建物も使われている気配はありません。
かといって取り壊されることもなく、看板だけを下ろしてひっそりと静かに閉じられています。残された支柱の間をただ風が通り抜けていきます。
これも看板が外され、残されたフレームから向こうの景色がそのまま見通せるのですが、ビルの谷間に広がる秋の紅葉があまりにもきれいで、なんだか作り物の景色のように見えました。
カメレオンのように環境の色彩を感知し、物体を透過するかのように向こう側の景色を映す光学迷彩技術ってまさにこんな感じ? 以前はSFマンガや映画の中だけの技術だった光学迷彩が近年軍事テクノロジーとして実用化しつつあるといった報道もあったような気がしますが、いつか未来のデジタルサイネージは必要なとき以外は景観に溶け込ませることができるはず。現在のヘッドフォンのノイズリダクションの普及を見ると、視覚的にじゃまなものを消す仕組みもコストさえ合えばいろいろ重宝されるでしょう。
この技術が22世紀に平和利用されているかどうかはぜひドラえもんに聞いてみたいところです。
文・写真=楠見 清