シェリー酒って奥が深いんです
『魚ばる 澤』は2019年7月にオープンした新しい店だ。出迎えてくれたのは店主の増澤明人さん。名刺の肩書には「大将」とある。なので皆さん「大将」と呼んであげてください。
「魚料理×お酒」という謳い文句に和食と日本酒の店をイメージしていたが、じつはそうでもない。店のBGMは懐かしのポップスだし、メニューにあるアルコールで一番種類が多いのはシェリー酒だ。
シェリー酒はぶどうを原料としたスペインの酒精強化ワイン(醸造過程でアルコールを添加し、度数を高めたワイン)である。日本ではあまりなじみのない人も多いかもしれない。「食前酒」のイメージが強いお酒だが、さにあらず。辛口から甘口まで多種多様で、料理のお供にはもちろんのこと、アイスクリームにかけてデザートとしても楽しめるそうだ。増澤さんは以前スペインバルで働いたのをきっかけに、シェリー酒にハマったのだという。
試しに、シェリー酒おまかせ飲み比べセット1200円を頼んでみた。3つのグラスが目の前に並ぶ。すっきりとした辛口のマンサニージャ(左側)、まろやかなオロロソ(中央)、そしてコクと深みのある甘口のクリーム(右側)。
色も香りも味わいも三者三様。全くの別ものだ。これまで知らなかったシェリー酒の世界を少し垣間見た気がした。
おいしければどんな組み合わせだっていい!
「こだわりがないのがこだわり」という増澤さん。「料理もお酒も、おいしければどんな組み合わせで楽しんでもいいと思う」。
そんな考え方のベースにあるのはオーストラリアでの留学体験だ。多様な人種や文化、価値観に日々触れたことが、ひとつの固定観念に捉われない自由な発想の源となった。料理もお酒もおいしいものに出合ったらお客さんと分かち合いたい。でもどんな風にそれを楽しむのかはその人次第。
シェリー酒と一緒に魚の生ハム600円(手前)をいただいてみる。ちょっとクセのあるイナダに塩味が効いていて、噛みしめるほどにしみじみとした味わいだ。個性的な香りのシェリー酒とのコラボ、たまりませんね。
この日のおすすめメニューで、塩茹でおおまさり300円(右側)という文字が目に入り、迷わずいただく。やはり地元の旬のものも食べておかないとね。香り豊かな落花生のふっくりとした塩気と甘味に、お酒も進むというものだ。
余談ではあるが、初めて「千葉では落花生を殻ごと茹でる」 ことを知った時はかなりの衝撃であった。そんな筆者も今ではりっぱな千葉県民。塩茹で落花生はもちろん大好物である。
自家製さつま揚げ600円もぜひ食べておきたい一品だ。常連さんにもファンが多いというこのメニュー。とろろが練りこまれたふわふわの食感で、口の中にやさしい甘さが広がる。こちらは千葉の蔵元、東薫(とうくん)酒造の二人静700円と一緒に。
「この料理ならどのお酒が合うんだろう?」とあれこれ考えながらの飲み時間もまた楽し。これを至福の時間と呼ばずしてなんといおう?この頃には筆者ももう「おいしければ何でもいいもんね!」という気分になっていた。
やりたいのは「なんでも屋」
ついつい長居したくなるような雰囲気の店内。おいしいものをいただきながら、カウンター越しにとりとめのない話をする中で増澤さんは言った。
「自分はバカみたいにこの仕事が好きなんですよね。」
振り返れば学生の頃にやっていたバイトもほとんどが飲食関係だったという。物心ついた時から料理が好きで、誰かに「おいしい!」と食べてもらうことに大きな喜びを感じていた。そしてその頃からずっと、自分の店を持つ未来図を心に描いてきた。
オーストラリアの大学で4年間経営学を学んでいたときも、先に見据えていたのはもちろん自分の夢。帰国後はさまざまなジャンルの店で修行をし、飲食店の経営に関わるものは全て吸収してやろうと、厨房以外にもあらゆることを経験した。
でもいざ店をオープンするにあたって急に不安が押し寄せたという。そんな増澤さんを後押ししたのは年下の奥さまだった。
「少しでも若いうちに始めた方が、失敗してもやり直しがきく。」
この一言で心が決まり、開店への最後の一歩を踏み出すこととなる。ありがたいことにオープン当初から地元本八幡の人たちが足を運んでくれ、今もこうして店を続けている。増澤さんにとって奥さまは、これまでもこれからも肝の据わった大きな存在なのだろう。
そんな増澤さんが描くこれからの未来。それは次なる店を出すこと。「もともとやりたかったのは、なんでも屋なんです。ベースにあるのはジャンルを問わず、いろんな料理やお酒をお客さんに楽しんでほしいということ。だから『魚ばる 澤』の他にも『〇〇ばる』っていういろんなテーマで、店を展開してみたいですね。」
『魚ばる 澤』に続くのはどんなばるなのか?具体的なイメージはすでにできあがっている。楽しそうに詳細を語る増澤さんの次なるばるの中身とは……。
いや、ここではまだ伏せておくことにしよう。
構成=フリート 取材・文・撮影=千葉深雪