コンパクトでありつつ、意外なほどの奥行き
西荻窪駅北口を出て目の前の通りを左へ。交番を過ぎるとすぐに緑色の看板が見えてくる。駅からのこの距離の近さは特筆ものだ。入り口手前に情報誌、入ってすぐ左手に女性誌コーナーがあり、すんなりと入りやすい。
入り口はごく当たり前の幅という印象。ところが。雑誌と新刊書の向こうに文庫があり、人文書や社会科学、自然科学などの単行本、ビジネス書、実用書、学習参考書、あれあれまだある、もっと奥には児童書に絵本がバーッと広がり、そう、ヨコ幅に比べて奥行きのあるお店なのだ。
「ごくあたりまえの街の本屋ですから、どなたにも利用価値があるように、できるだけ多くのジャンルをカバーしたいと思っています。これはどこの書店さんも共通だと思いますが、コロナ禍以降は学校が閉鎖になったこともあってドリル類がよく売れ、その流れで児童書や絵本は意識して増やすようにしました」
こう話してくれたのは、今野英治代表だ。
書籍と雑誌の地上階が約60坪。地下1階のコミック店が30坪。これはなかなか絶妙な面積だ。街の商店街にある本屋としてはけっこう大きいが、しかし大型店ではない。これだけの広さがあれば一通りのジャンルはカバーできるが、むろんどんな本でも揃うというわけにはいかない。ジャンルは絞らないけど、個々のジャンルに関しては注意深く本を吟味する。選ばないところと選ぶところが両方あるお店なのだ。
そしてその気になれば店全体のすべての棚をチェックすることができる。どんなジャンルもあって、しっかり厳選されていて、全貌を見ることのできる程良いコンパクトさがあって、駅の目の前。これを理想と言わずして何と表現しようか。
スタッフへの信頼から生まれる企画とセレクト
注目したいスポットが2つある。1つ目は入り口すぐ右の新刊平台で、手前が文芸書、奥が人文書になっている。本好きのメッカとして知られる神保町の『東京堂書店』に「軍艦」と呼ばれる新刊平台があるが(ちょうど軍艦のようなカタチをしているからそう呼ばれたらしい)、あそこの本をさらに1/3ほどの規模に厳選して集めた風情だ。
「出版社の方からあらかじめ見本をいただいて読んだり、さまざまな方法で私なりに情報をチェックして、“これは出たらすぐお客様に手に取っていただきたい”という本を並べています」
担当は、目利きとして知られる水越麻由子さん。水越さんは海外文学担当でもあり、時にはグイッと特定の1冊だけをプッシュして推すこともある。この日はエストニア人作家アンドルス・キヴィラフクの『蛇の言葉を話した男』が「今野書店 今年イチバンの推し!」と書かれたPOPとともに激推しされていた。
そしてもう1つが、花本武さんが担当する企画スペース。取材時は『なぜ戦争をえがくのか』フェアが展開されていた。『なぜ戦争をえがくのか 戦争を知らない表現者たちの歴史実践』(みずき書林)という本に参加した10名の「戦争を知らない表現者たち」の主著と、その10名がそれぞれ推薦する「歴史・戦争を知るための1冊」を集めたフェアだ。
「この大きなポスターは、みずき書林の岡田林太郎さんの手描きで、全員の顔が描いてあります。岡田さんとは完全に同世代で2人とももちろん“戦争を知らない”世代ですが、意気投合して、絶対にいいフェアにしましょうと語り合いました」(花本さん)
西荻散歩の起点にも終点にも
さて地下1階に降りるとそこはコミック店。これだけ駅近の書店がワンフロアまるまるコミックで埋め尽くされているなんて、西荻窪の人はなんて恵まれているのかとうらやましくなる。
コミックの海の中で「なにか1冊……」と無茶ぶりなお願いにも、15秒ほど考えて、大山海『奈良へ』をピックアップしてくださった。
冒頭、今野英治代表の言葉にあるように、活字中毒の人から年に数回しか書店に入らない人まで、どんな人にも利用価値のあるコンパクトな総合書店であることは、今回取材というカタチであらためて棚を見ていくと、ほんとうによく理解することができた。
そしてハッとしたのが、新刊平台のすぐ後ろにある棚。ここに3段あり、上段が絵本作家30周年になるスギヤマカナヨさんのサイン本。中段がそのスギヤマカナヨさんが編集長を務める、目の不自由な子どもたちのための世界で唯一の触察学習絵本『テルミ』。そして下段が紙・ガラス・鏡などのさまざまな素材に誰もが自由に描ける筆記具の「kitpas」(ここは会社の7割が知的障害を持つ社員で構成されている)。
誰をも排除しない、ウェルカムな姿勢がここにしっかり表現されていると思った。
時間の許す日は、『古書音羽館』や『盛林堂書房』などの有名古書店、ならびに『旅の本やのまど』などの専門書店もハシゴして、ぜひ西荻窪書店めぐりを楽しんでもらいたい。
その際は駅の目の前にある『今野書店』が、小さな旅の起点もしくは終点、そして待ち合わせ場所になるはずだ。
取材・文・撮影=北條一浩