昔ながらの銭湯建築。唐破風の軒下の懸魚が客の健康を祈る

『大盛湯』は、JR西大井駅から約500m、東急大井町線下神明駅から約400mの住宅街にある。
建物は昭和25年(1950)の創業時に建てられた宮造り建築で、昔ながらの佇まいを見ると、ここだけ時間が止まったかのような錯覚を抱く。

のれんをくぐる前に建物を見てみよう。玄関の上には、緩い曲線を描く唐破風屋根、その上に三角屋根の千鳥破風をのせている。唐破風の軒下には、3羽の鶴と亀が彫られた懸魚(げぎょ)が掛かる。これは、寺社建築でよく見られる装飾で、火除けの意味をもつ。また、鶴と亀は長寿の象徴であり、客の健康を祈ったものであろう。銭湯らしい粋な出迎えだ。

番台があったところを改装してフロントにした。
番台があったところを改装してフロントにした。

玄関には左右に下足箱があり、正面にフロントがある。かつては番台式だったというが、10年ほど前にフロントスタイルにした。
「建てて70年ほど経ちますが、変わったのは番台がフロントになったことくらいですね」。そう話すのは3代目の坂詰一仁(くにひと)さん。奥様の喜和子さんと二人三脚で切り盛りしている。

清潔感があるから古さも味わいになっている

脱衣所に入って真っ先に感じることは、木張りの床がきれいに磨かれているということ。鏡のようにピカピカで、顔までも映るのではないかと思うほどだ。
店主は、「銭湯は清掃が命ですから」と、さらっと話すが、見事なまでに磨かれた床を見れば、店主の銭湯に対する深い愛情さえ感じられる。

脱衣所の天井は高く広々としている。天井は、釘は使わずに角材を格子に組んだ格天井で、仏堂や書院造の間など、格式の高い部分に用いられることが多い折上格天井になっている。

男女とも脱衣所脇に岩や木々を配した坪庭が併設されているが、男湯のほうには八重桜があり、花の時期にはライトアップされるという。フロント横に小窓があり、女性客はここから見ることができるようになっている。

古い銭湯ですが、清掃・清潔感には気を配っています。
古い銭湯ですが、清掃・清潔感には気を配っています。
男湯の坪庭。岩、木々、苔などが巧みに配置されている。
男湯の坪庭。岩、木々、苔などが巧みに配置されている。

浴槽の背景は、ペンキ絵ならぬ本物の岩と緑の庭

浴室は天井が高く、洗い場も広い。清潔感があるので気持ちよく利用できる。
浴室は天井が高く、洗い場も広い。清潔感があるので気持ちよく利用できる。

浴室も天井が高く、開放感がある。浴槽は2槽に仕切られ、大きい方は42~43度くらいのジェットバス、小さい方は44度くらいの熱湯でバイブラ機能付き。浴槽は1つだけと、いたってシンプル。しかし、昔の銭湯は、ほとんどこのスタイルだった。

特筆すべきは、浴槽の後方だ。レトロな銭湯では富士山などを描いたペンキ絵を飾ることが多いが、『大盛湯』では本物の岩と植物を配した庭になっている。浴槽の庭側に窓があり、開ければ半露天風呂のような気分で入浴できる。

一般的には、浴室の背後、つまりペンキ絵の向こう側は釜場となっているが、『大盛湯』では浴室の背後と釜場の間に庭を設けたわけだ。創業以来のものだというが、創業者の大胆な発想に驚かされる。

内側に紺色のタイルを貼った浴槽。窓を開ければ風が感じられ、半露天風呂の気分。
内側に紺色のタイルを貼った浴槽。窓を開ければ風が感じられ、半露天風呂の気分。

火加減が難しい薪釜で沸かすから温度調節が大変

男湯と女湯の間にはヨーロッパの風景を描いたモザイク画が飾られている。
男湯と女湯の間にはヨーロッパの風景を描いたモザイク画が飾られている。

湯を沸かすのはガスボイラーが主流だが、『大盛湯』では、今でも薪を使って、地下水を沸かしている。
薪釜は重労働だ。燃えやすいように木の大きさを揃えなければならないし、その日の天気や気温によって温度を調整しなければならないので火加減が難しい。

「いい状態の火加減を維持するためには、四六時中見ていなければなりません。気温によって体感温度も変わるので、暑い日にはいくらか低めの温度にしたり、一日中温度とのにらめっこしているので、釜を離れらられないのです」

「銭湯商売の面白さは?」と問いかけると、「お客様から、いいお湯だったと言われると本当にうれしい」。奥様が笑って答えてくれた。

住所:東京都品川区二葉2-4-4/営業時間:15:00~23:00/定休日:金/アクセス:JR横須賀線・湘南新宿ライン西大井駅から徒歩5分、または東急大井町線下神明駅から徒歩7分

取材・文・撮影=塙 広明