都築響一 Tsuzuki Kyoichi
1956年、東京都生まれ。編集者。『POPEYE』、『BRUTUS』誌の編集を経て独立。現代美術、建築、写真、デザインなどの分野で執筆・編集。1996年刊『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』で木村伊兵衛賞受賞。ほか著書多数。最新刊(編集)は『Neverland Diner 二度と行けないあの店で』(ケンエレブックス)。
フリート横田 Fleet Yokota
1979年、東京都生まれ茨城県育ち。文筆家。路地裏徘徊家。戦後から高度成長期の古老の昔話を求めて盛り場を徘徊。昭和や盛り場にまつわるコラムや連載記事を執筆。著書に『東京ノスタルジック百景』『東京ヤミ市酒場』。最新刊は『横丁の戦後史ー東京五輪で消えゆく路地裏の記憶』(中央公論新社)。
のっけから都築節炸裂。編集部がボコボコに!? 「普通のものは普通だからいい」
横田 : 最近、赤羽と北千住へは?
都築 : コロナになってからは行ってないけど、以前はスナック探したり、「ハリウッド」(後述)に行ったりしてたよ。
横田 : 清野とおるさんの『東京都北区赤羽』のヒットより前からですか?
都築 : 同じ頃ですね。ちょうど『天国は水割りの味がする〜東京スナック魅酒乱〜』や『東京右半分』の取材の時期と重なってて。それ以外には特に行く用事もなかったから。大衆酒場好きな人にはいいかと思うけど、僕は興味ないし。
横田 : えっ。なぜでしょうか?? スナックはお好きなのに……。
都築 : まずね、隣同士がきゅうきゅうっていうのが苦手。それからお酒やご飯も普通でしょ。大衆だからそれでいいんだけど。あと、一人飲みをしないというのもある。ああいうところは一人で静かに飲みたい人にとてもいい店なんだよね。家庭持ちの人が真っ直ぐ家帰るのが嫌だから、「一杯飲んでワンクッション入れてから」みたいな用途を果たしていたと思う。そういう役割だった店がメインになっちゃった違和感かもしれない。わざわざ大衆酒場のために赤羽行って朝から並ぶとか、そういうのがすごく嫌い。
横田 : 僕は大衆酒場で飲むのが好きなタイプなのですが、確かに、SNSにあげるために、たいして食べもしない料理を頼んで何軒もハシゴするみたいな、最近の観光地的な消費のされ方には違和感がありますね。今、赤羽も北千住も、せんべろや町中華ブームの拠点みたいになっていますよね。
都築 : メディアのせいだよ。急に持ち上げると一時的に流行ってその後落ちるから、店にとっては良くないんだよ。「家で作るのめんどくさいな」っていう時に、ラーメン待つ間に漫画読むみたいな使い方ができる店だったのに、もてはやされちゃうとそれができなくなっちゃう。「普通のもの」は「普通のもの」としてとっておいてくれっていう。普通だからいいのに、あたかも特別なものとして取り扱うことに、違和感がすごくある。だから、そんな特集はしないで!
横田・編集部 (苦笑)
都築 : でも、なんで赤羽と北千住なの?
横田 : リクルート住まいカンパニーがやっている「みんなが選んだ住みたい街ランキング」ってあるじゃないですか。2015年から「穴場だと思う街」という部門が加わって以来、20年までずっとその部門で1位北千住、2位赤羽というワンツーフィニッシュなんですよ。それもあって、対決企画をやってみようってことになったらしいです。2021年は、赤羽が5位に落ちてしまったんですけど、北千住は7年連続1位をキープしてます。
都築 : ふーん。どこが取り上げたからやらなきゃって、発想が貧困だよ。だからどのメディアも同じような感じになっちゃうんだよ。
(編集部しょんぼり)
闇市の記憶とHIPHOPカルチャーが混在する街
横田 : 都築さんが「普通のもの」とおっしゃるのもわかるのですが、大衆酒場や横丁や町中華みたいなものはどんどん減っていて、面白いスポットになってきちゃってるということはあると思います。
都築 : そう、もともと「普通」なんだよ。
横田 : 都築さんのような東京を知りつくした60代の方と、40代の地方出身の僕が見るのでは全然景色が違うと思うんです。都築さんにとっては、こんなのどこにでもあるよっていう感じに映るかもしれないけど、僕にとっては非日常なんです。僕は戦後の歴史に興味があるので、飲んでいる時に偶然その歴史に遭遇できたりするのも楽しくて。どちらの飲み屋街も戦後の闇市がルーツなので、その名残があったり。例えば、北千住の『シチュー屋』は米軍の“残飯シチュー”を出していたことに由来するとか。
都築 : 赤羽も闇市だったんだ。
横田 : はい。「OK横丁」のあの狭さは、闇市を立ち退いた時のサイズを引き継いでいるのかもしれないですね。区画整理で駅前は大きく変わりましたが、戦後、赤羽駅前の闇市はカタノ組マーケットっていうのがありました。『まるます家』の親父さんが、親分さんを見たとおっしゃっていました。
都築 : 横田さんが興味を持っている戦後の文化も面白いと思うんだけど、僕なんかもう年なので、かえって若い子たちが作ってる北千住のほうが興味深い。このへんは一部の地元の子たちにヒップホップカルチャーが根付いていて、ブロックパーティーみたいなのをやったりするんですよ。広いとこ借りて、ストリートペインティングしたり、DJのライブやったり。渋谷とかではそんなことはできない。地元の奴なんかいないから。だからそういうカルチャーがある街っていう捉え方のほうが僕にはしっくりくるなあ。
横田 : 面白いですね。はるかに先輩の都築さんのほうがよほど現在の街を見ていて、僕のほうが過去を見てる。
都築 : それは、体験してないからだよ。僕も闇市は体験してないけど(笑)。北千住は、交通のハブになってきて、大学が集まってきて、まだ西側に比べれば家賃が安いから若い子が集まってきているんだと思う。だからすごい速さで街が変わっているよね。
横田 : 赤羽にも2017年に東洋大学のキャンパスが出来ました。2021年4月に新しい学部が移転してきたので、何か変化が起こってくるかもしれないですね。
「西側となんか違う」の正体を考える
都築 : だけど、やっぱり僕には中野のごちゃごちゃした北口の飲み屋街と赤羽・北千住の違いがよくわからなくって。
横田 : だいぶ違う感じがしますよ。説明するのは難しいんですけど、なんか懐かしい感じがするんですよね。吉祥寺とか中野の飲み屋街の古い店に行っても別に懐かしくない。やっぱり東側なんです。
都築 : 懐かしいと思うのはなんなんでしょうね。別に体験してないのに。
横田 : 僕の実家がある“北関東感”というか。北千住は「大きい土浦」みたいな感じなんです。人もちょっと違うというか。例えばおじさんのタイプがちがう。渋谷ののんべい横丁では2坪くらいしかないから肩を触れ合わせながら飲むわけですけど、おじさんに話しかけられてもまあ15分ですね。東京の東側で飲んでたら、どこまでも話が止まらない。やっぱり寂しいおじさんが多いのかな(笑)?
都築 : え〜、違うよそれは偏見だよ(笑)。西側のほうは家まで遠いからだよ。渋谷で飲んでもそこから1時間弱東横線とか普通じゃん。北千住とか赤羽だと徒歩圏内で飲む人が多いんでしょ。地元の安心感だよ。俺のホームグラウンドにあんたが入ってきたんだろっていう。
横田 : それは盲点だった!
都築 : 西側でも最寄り駅では似たようなシーンが展開されてるかも(笑)。
横田 : ホームグラウンドといえば、ある街の角打ちで飲んでいた時、おじさんに「兄ちゃんほかに行くとこいっぱいあるだろう? 俺はもうここしかないんだ」と言われてハッとしました。そのあと普通に仲良く飲んだけど……。こっちがワンダーランドだと思っていても、向こうにとっては普通の生活の場ですからね。
都築 : 邪魔者だからね。そこでいきなり「角打ち、おっしゃれ〜」みたいな感じでスマホ取り出しちゃダメだよね。
最後まで「ハリウッド」が残っていた街
横田 : お話していて、やっぱり生活圏の飲み屋街であることが赤羽と北千住の個性に関係してくるのかなと思いました。北千住には、ママチャリを店の前に停めて熟女パブに入っていくホステスさんとかいるし。歌舞伎町や渋谷のお姉さんたちとは違う。年齢も違うけど、何かアットホームなんですよね。
都築 : 場末ってことだよね。場末が悪いわけじゃなくて、だから地元のお客さんがいっぱいいてスナックや町中華みたいな店がやっていける。スナックが口コミサイトとかには出ないのは、そういうもので集客する必要がないからなんだよ。赤羽と北千住に最後まで「ハリウッド」が残ったのもそういうことだと思う。
横田 : 2018年に創業者の福富太郎氏が亡くなって閉店してしまいましたが、最盛期は何十店舗とあったんですよね。
都築 : 一時期は納税者日本一だったんだからね。北千住店の上が事務所になっていて、毎晩お客さんに挨拶しにきてたよ。最後までお元気そうだった。
横田 : 赤羽店も北千住店も、よく行かれていたんですか?
都築 : うん、取材もあるし、北千住ではフリーランスの編集者やカメラマンやバンドやってる子とかが働いてたから、遊びに行ってた。フロアは赤羽のハリウッドほうがカッコよくて好きだったな。
横田 : 同業者の女性もいたんですね。
都築 : ハリウッドに限らず、キャバレーってフリーの子とかシングルマザーとかが働きやすい環境だったのよ。0時で終わるから電車で帰れるし、とっぱらいで1万円とかもらえるし、1カ月働いて1年休んでもいいし、保育室もあったし、年齢も関係ないし。だからいろんな子がいて面白かった。赤羽店で売り上げトップの人なんて70いくつだったよ。
横田 : 昭和30年代ぐらいまでは、ハリウッドのお姉さんもお祭りになるとキャバレー神輿を担いだそうですね。
都築 : 昔は出してましたよ、そういうの。見たわけじゃないけど。だって町の店の一つだから。高円寺の阿波おどりの時も、風俗のお店が焼き鳥とかの屋台を出してますよ。そういうもんなんじゃない? 「町風俗」って(笑)。まあでも結局キャバレーが潰れたのはみんな行かなくなったからだよね。
横田 : そうですね。ガールズバーなんか1時間2800円ぐらいから飲めますから。女の子のドリンクが800円くらいで。それくらいで朝5時ぐらいまで女の子と飲める店があるなかで、なかなかキャバレーに行こうとはならないですよね。今、赤羽駅東口ってガールズバーの呼び込みがすごいんですよ。北千住は赤羽ほどないようですが。
都築 : あれ、簡単にできるからね。女の子がカウンターから出ないから、一応接待営業じゃないことになっているから。
横田 : 最近じゃ「ベトナムガールズバー」というものもできたらしい。完全にコロナの影響ですよ。
都築 : 自分の故郷に帰れなくなった子もいるからね。
横田 : 戦後から「大衆」に愛されてきた城北の2大盛り場ですが、ハリウッドがなくなり、ガールズバーが隆盛して、コロナを経てどんどん変わっていきますね。今後も見続けていかなければ。
●北千住駅西口から徒歩2分。10:00〜20:00、日休。☎︎03-3882-6456
大衆キャバレー「ハリウッド」とは? ~赤羽・北千住の昭和のシンボル~
キャバレーとは、ホステスが客をもてなし、バンドの生演奏をバックにダンスフロアでダンスを楽しめる飲食店のこと。昭和30~40年代の高度成長期に大流行した。ハリウッドは、最盛期は直営店・支店合わせて44店舗、売上日本一を誇ったキャバレーチェーン。総帥の福富太郎さんは、納税額日本一を10年間記録したという。ハリウッドは大衆店なので、価格設定は超良心的。「セブンコース」は2時間5000円台から遊べた(店舗により異なった)。
20~70代の個性豊かなホステスさんも大きな魅力。北千住店には週末ともなれば80~90名ほどが出勤し、赤羽店には150名が在籍していた。(情報は2012年のもの)
取材・文=鈴木紗耶香 撮影=三浦孝明
『散歩の達人』2021年6月号より