アルプスの名峰モンブランのフォルムを模した絶品ハンバーグの誕生秘話

雷門通り沿いにある浅草店。ランチタイムなどは、長い行列ができることも。
雷門通り沿いにある浅草店。ランチタイムなどは、長い行列ができることも。

「肉汁を閉じ込めるには、厚みが必要なんですよ」。

ハンバーグの特徴を語るのは、『モンブラン』のマスターで創業者の松家(まつか)健一さんだ。1980年、30歳にして江東区森下に店を構え、以後、10年おきに新店をオープンしてきた。浅草店は、墨田区の吾妻橋店に次ぐ3号店にあたる。

奥行きのある店内は席数も多く、サク飯や女子会、飲み会など幅広いニーズに対応。単品メニューのほか、食べ放題や飲み放題コースやセットメニューも充実している。
奥行きのある店内は席数も多く、サク飯や女子会、飲み会など幅広いニーズに対応。単品メニューのほか、食べ放題や飲み放題コースやセットメニューも充実している。

ハンバーグは横幅を大きくすると、肉汁を閉じ込めづらい。

それを肌で感じたのは、松家さんがホテルで働いていた頃のことだ。

徳島県に生まれ、神戸で就職したが、すぐにサラリーマン向きではないと気づき、とんかつ屋の門戸を叩く。1970年前後といえば、レストランがほとんどない時代。とんかつ店といえば、シチューやハンバーグ、スパゲティーナポリタンなどの洋食を出す店も多く、松家さんは長い間、とんかつ=洋食だと信じていたという。

そんな松家さんがハンバーグと出合ったのは、東京のホテルで働いていた時のこと。ある日料理長から「おまえが作るハンバーグが一番おいしいから」と、ハンバーグ係を任された。その日から、厨房にある食材と調味料を使って何十種類、何百種類ものハンバーグを作っては、ホテルの客に提供。1年半もの間、試行錯誤を繰り返したという。

そうしてたどり着いたのが、肩ロース100%の手ごねハンバーグだ。ステーキで食べたら少々硬いが、ひき肉にするとやわらかくてジューシーなうえ、脂の具合や歯応えもいい。

「料理長の言葉があったから、今の『モンブラン』があるといっても過言じゃありません」。

松家さんはなつかしそうに言う。レシピがほとんど存在しなかった時代、多様な肉と味つけで客に提供し、ドキドキしながら客の反応を見た。ほめられるとうれしくなる。もっとおいしく! と改良を続けるうち、ハンバーグ専門店という選択肢に行き着く。

ハンバーグの味付けは塩胡椒のみ。肉汁を閉じ込めるために、山型という特徴的なフォルムを選んだ。最終的にはヨーロッパアルプスの最高峰モンブランの10万分の1のサイズを目指したハンバーグが誕生。ハンバーグありきで店名を決めた。

日替わりランチで人気炸裂! 定番メニュー入りしたハンバーグシチュー

ハンバーグシチュー1150円。モンブラン型ハンバーグには肉汁がギュッと詰まっている。
ハンバーグシチュー1150円。モンブラン型ハンバーグには肉汁がギュッと詰まっている。

肉の旨味が感じられるシンプルなハンバーグは、個性の異なる8種のソースで味わう。定番は、濃厚チーズソースでいただくオランダ風、トマトチーズソースのイタリア風、コクのあるブラウンソースが食欲をそそるロシア風、おろしオニオンの特性醤油ソースでたのしむ和風、ピリ辛トマトソースのメキシコ風、ワインとマッシュルームのデミソースを使ったフランス風の6種。ここ近年、カレーハンバーグとハンバーグシチューが加わった。

松家さんの一押しは、日替わりランチで人気を集めて通常メニューの仲間入りした、ハンバーグシチュー。『モンブラン』自慢のハンバーグに、とろける牛スジや特製デミグラスソースを入れてじっくり煮込んだシチューをかけた、ボリュームたっぷりの一品だ。

鉄鍋の中でグツグツ煮立つシチューの中央には、モンブラン型のハンバーグ。さっそくナイフを入れてみると、肉汁がシチューにジュワーっと溶け出す。素材の旨味が凝縮した濃厚なシチューとシンプルなハンバーグのマリアージュ、そして肉汁がもたらすコクがたまらない。ライスでもパンでもおいしくいただけるが、つけあわせの野菜や約80gのパスタもかなりのボリューム。食の細い女性なら、この一品でかなりの満足が得られるだろう。

「定番ハンバーグに比べて、値段はちょっと高いけど」。と松家さんは遠慮がちに言うが、絶品ハンバーグと長時間煮込んだシチューをダブルで味わえて1150円は、むしろリーズナブル。人気が急上昇するのも納得だ。

高く仕入れて安く提供する、薄利多売にこだわる理由

裸一貫でハンバーグ専門店を築き上げた松家健一さん。
裸一貫でハンバーグ専門店を築き上げた松家健一さん。

ファストフードとは格が違うが、早い・安い・うまいが『モンブラン』のモットー。

どんなに長い行列ができたとしても、待ち時間は〈列に並んでいる人数〉×分を超えることはない。ハンバーグは焼き上がるまでに13〜15分かかるが、着席後5分以内に料理を提供できるよう、ホールと厨房の連携も徹底している。

味に妥協しないのは言うまでもないことだが、価格設定にも強いこだわりがあるという。

「お客様があってはじめて私たちの生活が成り立っているので、一番大事なのはお客様。だから味も安さも譲れないんです」。

安く仕入れて高く売るのが商売の基本。その逆を突き進もうとすれば、数をこなすしかない。30年前から手がけているデリバリーや最近始めたテイクアウトも好調だが、利益はほとんどないという。それでも松家さんは、「うちは薄利多売だから、ハンバーグをひたすら売るのみです」。と余裕の笑顔だ。

住所:東京都台東区浅草1-8-6 1F/営業時間:11:00~21:30/定休日:水(祝の場合は営業、翌日休)/アクセス:地下鉄・東武スカイツリーライン浅草駅から徒歩6分、つくばエクスプレス浅草駅から徒歩5分

構成=フリート 取材・文・撮影=村岡真理子

浅草寺とその参道である仲見世商店街を中心として東西に広がる浅草。世界的にも有名な観光地であり、一時は日本人よりも海外旅行者の方が目立っていたが、コロナ以後は江戸情緒あふれる“娯楽の殿堂”の風情が復活している。いわゆる下町の代表的繁華街であって浅草寺、雷門、仲見世通り、浅草サンバカーニバルなどの観光地的なイメージや、ホッピー通り、初音小路のような昼間から飲める飲んべえの町としてとらえている人も多いだろう。また、和・洋問わず高級・庶民派ともに食の名店も集中するエリアだ。