ウォークや散歩など、歩くことを連想させたり、ビートが効いていたりして、その気にさせるものであること。まずはこれが大事と考えました。基本的に後ろ向きな内容の曲は、散歩(ウォーキング)に向きません(ただし例外あり)。ジャズは後打ちで拍を取って歩くのも面白いですね
2.BPMは110~130前後
一般的に散歩やウォーキングにふさわしいBPM(1分あたりの拍数。楽譜にあるメトロノーム記号と同様です)は110~130前後といわれています。
3.いい曲であること。また内容(ネタ)があること
いい曲……は、まあ当然ですよね。さらにいえば、歩きながらその曲について思うことがあるといいと思います。ちょっとした思い出なんかがあると理想的。時間はあっという間に経ってしまいます。事実私はこのリストのおかげで1時間の散歩があっという間で、全く苦になりません。
この3条件のうち基本的にはすべて、最低でも2つ以上当てはまらないとプレイリストには入れません。またBPMがかけ離れているものは泣く泣く除外とさせていただきました。
オール・オブ・ミー(ソニー・スティット『サクソフォン・シュプレマシー』1959年)/長崎『マイルストーン』推薦
待ってたら前日に亡くなっちゃった。ジャズだなあって
スタートはビバップ時代から活躍したソニー・スティットの名盤から。パーカーの一番弟子と称されることの多いソニーですが、この人のブロウはパーカーと比べて随分軽快で柔らかく、しかも音の粒立ちがいいので、しっかり聴きこんでもBGMとしてもグッド。ウォーキングにも最適です。アルトもテナーも吹きましたが、やはりスティットといえばアルトのイメージが強い。推薦してくれたのは長崎市の『マイルストーン』の店主・夏目秀幸さん。「ソニー・スティットが大好きで、82年に病気を押して日本ツアーに来るって聞いて、長崎公演のチケット買って待ってたの。そしたら北海道の初演で倒れ、長崎の公演予定日前日に亡くなっちゃった。その公演予定日の7月23日、長崎はあの大水害に見舞われた日なんです」と苦笑い。「なんかジャズだなぁと思った」。ビバップ、ハードバップ、ソウルジャズと時代に合わせて次々とスタイルを変えつつ、生涯一サックス吹きを貫いたローン・ウルフでした。
BPM=138 ちょっと速めです。
アフタヌーン・イン・パリ(ジョン・ルイス&サッシャ・ディステル『アフタヌーン・イン・パリ』1956年)/大阪『ディア・ロード』推薦
ジョン・ルイスとパリのジャズメンとのおしゃれな共演
なんともオシャレなジャケット、そしてブラシの効いたイントロに続いて始まるのは、当時売り出し中のバルネ・ウィランのテナー。まず、このソロがいい。元気だけど抑えるところは抑える絶妙のセンス。続くサッチャのギターもいかにもエスプリ漂うもので、全体を通して主役はサッチャとバルネ二人のフランス人と言っていいでしょう。このレコードを推薦したのは大阪市鶴見区『ディア・ロード』の酒井久代さん。いかにも主婦然とした優し気な酒井さんですが、子育て中もジャズへの情熱さめらず、ついには自分で開店してしまったというバイタリティの持ち主。「ジャズは昔聴いたときも、今聞いてもまったく同じ。古臭くない」と目を輝かせます。
BPM=133 標準的。
カックーのセレナーデ(ローランド・カーク『アイ・トーク・トゥ・ザ・スピリッツ』1965年)/編集部武田推薦
梅にうぐいす、ジャズにカック―
春のジャズときいて最初に私が思い起こすのはこの「カックー」です。春はもうどうしても「カックー」なんで、どの店主も推してませんでしたがこの曲を入れさせてください。ローランド・カークは盲目のサックス&フルート吹きで、この人がすごいのは同時にいくつもの楽器を吹くという奇抜なスタイルでした。首にかけてるだけじゃなく、いくつかのマウスピースを同時くわえて吹き鳴らしてしまうのです。なんだかびっくり人間のようですが、聴くとちゃんと演奏が成立しているのだからさらにびっくり。楽器に細かい改造を加えるなど、見えないところの努力の賜物なのに、日本ではグロテスクジャズなどと呼ばれ色物扱いだったとか。そのカークが珍しくフルート一本に専念して作った真摯なアルバムの1曲目が「カックーのセレナーデ」。まるでどこかの民謡のように普遍的かつサウダーデを感じるメロディがすばらしい。後年ジェスロ・タルがカバーしたバージョンも有名です。
BPM=144 速いです。ラストの方で発せられる合いの手みたいな唸り声が素敵です。
2017年に公開されたドキュメンタリー映画『ラサーン・ローランド・カーク The Case of the Three Sided Dream 』予告編。これすごく観たいんだけど視聴方法がわからない……。
アイ・ソウ・スターズ(ジャンゴ・ラインハルト『ジャンゴロジー』1961年)/京都『ヤマトヤ』推薦
京都の老舗の心意気
と書くと、なにやら格式とか敷居といった言葉を連想します。いや、別に敷居は高くないんですが、歴史が古く、逸話を聴くだけで背筋がピンとなるようなお店が京都の『YAMATOYA(ヤマトヤ)』です。「チック・コリアが家族で京都滞在したときに、ここでクリスマスコンサートをやった」と聞いて心躍らぬジャズファンはいないでしょう。25歳からジャズを聴き始めたという店主・熊代忠文さんのおすすめはジプシージャズの創始者であり、悲劇のギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトの『ジャンゴロジー』(1961年)。と名フィドル奏者、ステファン・グラッペリとともに行われた1949年のイタリアツアーの歴史的音源が基になっています。どっから聴いても軽快で心躍る一枚ですが、ジャンゴの波乱万丈の人生の思うと、やはり背筋が伸びてしまいます。
BPM=130 軽やかです。
メイキン・フーピー(ジミー・スミス『クレイジー・ベイビー』1960年)/神戸『M&M』推薦
ハモンドオルガンが、呟き、唸り、歌い、ささやく。
神戸元町『M&M(エム&エム)』の若き二代目現店主・樋口優さんのおすすめは、どこかしらパンチの効いたグルーヴィなジャズ。で、店の一枚に選んでくれたのはファンキーなハモンド奏者のブルーノートアルバム。攻撃的な1曲目「ジミーが凱旋するとき」が目立つ一枚ですが、2曲目「メイキン・フーピー」はゆったり春っぽいナンバーです。58歳で先代のママさんが突然逝ってしまい、その2日後に家電量販店をやめて後を継ぐことを決めたという樋口さん(当時31歳)。「ジャズは本物の音楽なんです。若い人にもっと聴いてほしい。しかもいい音で」。店のマッキントッシュとJBLから流れでるジミー・スミスのオルガンは、楽器が呟き、唸り、歌い、ささやいているかのようだと取材者・常田カオルは書いています。う~聴きてぇ!
BPM=143 速いです。でも軽快!
至上の愛 パート1:承認(ジョン・コルトレーン『至上の愛』1965年)/高田馬場『イントロ』推薦
春の「毒」
春、いままで黙っていた命が一斉に目を吹き出す季節。それは暴力的な生命の祭典とも言えます。そんな祭典性を一番感じるコルトレーンといえば、やはり『至上の愛』でしょう。高田馬場『イントロ』の茂串邦明さん推薦の一枚ですが、この盤は私も思い出があります。中2のころ、ふとジャズでも聴いてみようという気になり、常連となっていた戸越銀座のレコード屋のおやじに初心者が聴くおすすめ聞いたところ、エリック・ドルフィー『アウト・トゥ・ザ・ランチ』かハービー・ハンコック『処女航海』という回答が返ってきました。「本当はトレーンの『至上の愛』が最高なんだけど、あれを聴いちゃうと他が物足りなくなるから、最初はやめておいた方がいい」とも。その時何を買ったのか、あるいは買わなかったのか覚えてないのですが、直後に違うレコード屋で『至上の愛』を買ったことはよく覚えています。そして家に帰ってこわごわ針を落とした時、全身に電気が回る様な感覚を感じ(とくに歌が入ってくる部分)、そこから1カ月は毎日聴いたものでした。確かに他が物足りなくなり、少し怖くもなりましたが、今思えばこういう毒性の強いものは若いうちに経験しておくのが正しいのでしょう。耐性ができてしまうと芸術の毒が十分に回らないかもしれません。
BPM=125 標準的ですが、濃いです。
『至上の愛」とは何だったのか? 2021年春、インパルス・レコードが創立60周年を記念して公開した『至上の愛』の解説ビデオ。これは必見。
ストレイト・トゥ・ザ・ポイント(フレデリック・クロンクヴィスト『イグニッション』2007年)/松本『エオンタ』推薦
ビバップを彷彿とさせる高速グルーヴ
1974年から松本でジャズハウス『エオンタ』を営むマスター小林和樹さん。ビル・エヴァンス、フィリー・ジョー・ジョーンズ、チック・コリアとそうそうたるジャズマンを招聘し、松本を東京に引けをとらない文化都市にした功労者の一人でもあります。「最近多いのは北欧や東欧のもの。新しい“傾向”を常に探しています」と新しいジャズに貪欲な小林さん、おすすめの一枚はスウェーデンの若きサックス奏者の演奏。一聴、ストレート・アヘッドだが、実はなかなか複雑なリズム構成で拍をとるのさえむつかしい。でもビバップを彷彿とさせるほど生きがいい。たまにはこんな最先端の高速グルーヴを堪能しようではないですか。
BPM=135 標準的。かなり拍が取りにくいと思いますが、まあ適当に歩いてください。そのうち合ってきます(たぶん)。
クール・ストラッティン(ソニー・スティット『クール・ストラッティン』1958年)/熱海『ゆしま』推薦
100歳のママさんおすすめの一枚はこれ
高速グルーヴの後は、超名盤のスロー・グルーヴを。泣く子も黙るこの曲とジャケット、日本のジャズファンでは知らない人のない一枚ですが、なんでも本国アメリカではあまり売れなかったとか(ウィキペディア)。でもブルーノートが1990年に出したクリスマスアルバムのジャケットはこのパロディですから、まずまずなんでしょう。あまりに有名なので敬遠気味の人も多そうですが、2021年3月に100歳を迎えた熱海『ゆしま』の土屋行子さんの推薦盤となれば、喜んで取り上げましょう。「戦前から兄たちと一緒にレコードを聴いていたので、女学校のころからずっとジャズを聴いてます」と笑う笑顔がまぶしいこと。どうかいつまでもお元気で。
BPM=112 今回のリストの中では一番ゆっくり。クールダウン気分で。
ノーバディ・ノウズ(チャールズ・ミンガス『スリー・オア・フォー・シェイズ・オブ・ブルース』1977年)
ミンガス晩年の渾身の演奏
『日本ジャズ地図』の店主のおすすめ盤で2度出てきたレコードが2枚あります。それはエルヴィン・ジョーンズ&リチャード・デイヴィス『ヘヴィー・サウンズ』と、チャールズ・ミンガスの『直立猿人』。なので『直立猿人』からも一曲選びたかったのですが、BPM的にかけ離れた曲ばかりなのであきらめ、1977年のミンガス最晩年のライブから。ノリがよく、ハッピー100%の演奏ですが、ソロをとる2人のギタリスト、フィリップ・カテリーンとジョン・スコフィールドは気合と若さ十分。若いころはジャズに初めて物語性を導入したり黒人差別反対の曲を堂々と演奏した“怒れるミンガス”、年老いて車椅子生活になってもなお後進を導いた巨人ですが、この録音の2年後、1979年に56歳で逝ってしまいます。直後に追悼盤として発売されたジョニ・ミッチェル『ミンガス』(ミンガス本人ほかジャコ・パストリアスが参加)は、私が一番聴いたレコードの一つです。
BPM=147 速いです。もやはスポーツ。
ミンガスの名曲「グッバイ・ポーク・バイ・ハット」をジョニ・ミッチェルのライブで。バックはジャコパス、メセニー、ブレッカーほかの“ドリームチーム”。
デトゥアー・アヘッド(ジャッキー・パリス『スカイ・ラーク』1954年)/金沢『もっきりや』推薦
こだわりの店主ならではの一枚
トリを飾るのは、金沢で1976年から続く名店『もっきりや』の平賀正樹さんの一枚。「メロディーがちゃんとしてるのが好きなんです」と言いながらおすすめしてくれたのは、ジャッキー・パリス1954年の録音。男性ボーカルは苦手という人も多いかもしれませんが(例えば私がそう)、これはジャッキーの万年青年のような声が爽やかで素敵でした。ことに「デトゥアー・アヘッド」は、ビル・エヴァンスの『ワルツ・フォー・デヴィ』にも入っているバラードですが、いやあ、こりゃあ、いい! いいレコードを教えてもらいました。昼はレコード、夜はライブハウスという形態で、全国的にも有名な『もっきりや』ですが、アニタ・オディだけで100タイトル以上あるという(非正規盤含む)、その隠れたこだわりにも拍手。さすがのひと言です。
BPM=60~65=120~130 ゆっくり気分よく。
というわけで全10曲。今回は結構速いのと遅いのがごっちゃ、メリハリが効いた選曲となっております。春はきっと一年で一番暴力的な季節。ややスポーツ感覚でご利用ください。
ではまた。
文=武田憲人(さんたつ編集長)
協力=常田 薫(日本ジャズ地図ライター)、谷川真紀子(『日本ジャズ地図』カメラマン)