話を聞いたのは…… 渡辺裕也さん

音楽ライター。「ミュージック・マガジン」、「ザ・サイン・マガジン」、「MUSICA」、「音楽と人」、「クイック・ジャパン」などに寄稿。

“高円寺=ロック”のルーツは何なのか

取材中、ある店主がボヤいていた。「高円寺もロック小僧が減った」。

それでも高円寺は東京を代表するロックの街だ。ライブハウスも多く活気にあふれている。だが、どうして音楽の街となったのかは知られていないかも。音楽ライターの渡辺裕也さんによれば、そのルーツは1960年代にある。

「当時、ロックのレコードを中心に聴かせてくれるロック喫茶というのがあったんですね。高円寺にも有名な店がいくつかあったんです」

「ムーヴィン」など人気店があり、音楽の街としての基礎が築かれたのだ。物価が安く若者が多いという土地柄もあって、音楽文化は広がりをみせていく。

そんな中、大きな出来事が。吉田拓郎が「高円寺」という歌を発表したのだ。「フォーク・ロック=高円寺というイメージは、おそらくここで根付いたんだと思います」と渡辺さん。以降、1970年代中頃から1980年代にかけ『JIROKICHI』など多くのライブハウスが生まれていくこととなる。

メインストリームの音楽に対するアンチテーゼ

1980年代の終わりにはイカ天ブームが起こり、バンドの時代が到来する。「高円寺20000V」では、イカ天で有名になったBLANKY JET CITY、後にメロコアブームを牽引するHi-STANDARDなどがそのサウンドを響かせた。2010年に東高円寺に移り『東高円寺二万電圧』となってからも、ロッカーたちから愛されている。

クラブとしてスタートした『U.F.O.CLUB』も、高円寺ロックを語るうえで欠かせない存在だ。ほかにはない前衛的な音楽、というのがこだわり。オープン以降、TH E BAWDIESなど数多くの人気バンドを輩出している。

これら高円寺のハコ出演者愛用なのが『Sound Studio DOM』だ。最近は楽器ではなくトラックマシンを持ってくるアーティストも増加中。高円寺を見守ってきたスタジオは、新しい音楽が始まる場所でもある。

「高円寺はサブカルの街という見方については、ちょっと頷けないところもあって」と渡辺さん。高円寺はメインストリームの音楽に対しアンチテーゼを表現しているのだという。

「むしろカウンターカルチャーといったほうがよいかも。だからディープな音楽が愛されるんでしょうね」。確かに以前に比べロック小僧は減ったが、そんな現実をぶっ飛ばす、熱いロック魂がここにはある。

高円寺ロックの華麗なる歴史はこれからも続いていくのだ。

高円寺ロック史 略年表

【1960年代後半】
ロック喫茶やジャズ喫茶が栄える。『ムーヴィン』『JINJIN』『KEYBOAD』などが有名。

【1970年代前半】
吉田拓郎が「高円寺」を発表。フォークの聖地として若者に人気となる。

【1970年代中頃】
『ムーヴィン』にて伊藤銀次らが山下達郎の自主制作盤『ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY』を聞いたことで、山下を大瀧詠一に引き合わせることに。

【1970年代後半】
1975年、日本のライブハウスの先駆け『JIROKICHI』がオープン。

【1980年代前半】
1984年『ペンギンハウス』、1985年『東高円寺ロサンゼルスクラブ』など今も続く老舗ライブハウスが続々オープン。

【1980年代後半】
1989年『東高円寺二万電圧』の前身である「高円寺20000V」がオープン。

【1990年代前半】
Hi-STANDARD、THEE MICHELLE GUN ELEPHANT、BLANKY JET CITYらが「高円寺20000V」のステージに立つ。
ほかにもbloodthirsty butchersやBEYONDSといったバンドが活躍。

【1990年代後半】
1994年、『Sound Studio DOM』がオープン。
1996年『U.F.O. CLUB』が東高円寺にオープン。ゆらゆら帝国、ギターウルフらが出演。

【2000年代】
おとぎ話、毛皮のマリーズ、THE BAWDIESなど『U.F.O. CLUB』で活躍したバンドが次々と人気アーティストとなっていった。
2009年、近隣の火災の影響により「高円寺20000V」が閉店。

【2010年代】
2010年、東高円寺に「高円寺20000V」の意思を継いだ『東高円寺二万電圧』がオープンし、GYZEなどのバンドを輩出。

高円寺のハコとスタジオ

“遊び場”に進化した轟音の聖地『東高円寺二万電圧』

Hi-STANDARDらが出演したライブハウス「高円寺20000V」が閉店。2009年にそんなニュースが業界をざわつかせた。しかしその翌年、『東高円寺二万電圧』として店は復活。高円寺音楽の象徴、パンクロッカーを中心に轟音好きが集まる。「音がいいのが自慢。ステージの壁画が魔法を出してるんですよ」と店主の石田さんは笑う。スタッフと距離が近く楽しい雰囲気も店の特徴。轟音の聖地は、皆が楽しめる“遊び場”に進化し、ファンを魅了している。

住所:東京都杉並区高円寺南1-7-23L-GRAZIA東高円寺B1/定休日:無/アクセス:地下鉄丸ノ内線東高円寺駅から徒歩すぐ
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アンダーグラウンド・ロックの総本山『U.F.O. CLUB』

「オールナイトで音を出せる場所を探していて、倉庫だったこの場所を借りたんです」と店長の北田さんは1996年の開店当時を振り返る。ブレイク直前のゆらゆら帝国らが当初より出演。その後も多数のアーティストを輩出し、アンダーグラウンド・ロックの総本山となった。それでも「常に新しい音楽をやりたいという姿勢は変わりません」と北田さん。今日も新しい音がハコに響き渡る。

住所:東京都杉並区高円寺南1-11-6 ハーモニーヒルズB1/定休日:無/アクセス:地下鉄丸ノ内線東高円寺駅から徒歩3分
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”音楽を中心に生きる人“が集う『Sound Studio DOM』

音楽スタジオ、イベントスペースとして20年以上、高円寺のロックを見つめてきた。「有名人もけっこう使ってくれていますね」と店長の白石さん。年齢もジャンルもバラバラだが利用者には共通点がある。「音楽を中心に生きている人」が昔からメイン客層だ。海外アーティストも頻繁に訪れるから、新しい文化が広まるのも早いそう。

また、白石さんは「WORLD’S END GARDEN」の制作にも携わっている。「WORLD’S END GARDEN」とは、飲食店やバー、ライブハウスなど高円寺で音楽を楽しめるスポットをまとめたミュージックマップ。そこから派生したイベントや活動も行っているという。

住所:東京都杉並区高円寺南4-25-7 五明堂駅前ビル3F/営業時間:12:00~24:00/定休日:無/アクセス:JR中央線高円寺駅から徒歩1分

取材・文=半澤則吉 写真(東高円寺二万電圧)=Who are U? co.miwo
『散歩の達人』2018年7月号より(一部加筆修正)

高円寺は、キャラの濃い中央線沿線のなかでもひときわサイケで芳(こう)ばしい街だ。杉並区の北東に位置し、JR高円寺駅から、北は早稲田通り、南は青梅街道までがメインのエリア。中野と阿佐ケ谷に挟まれた東京屈指のサブカルタウンであり、“中央線カルチャー”の代表格とされることも多い。この街を語るときに欠かせないキーワードといえば、ロック、酒、古着、インド……挙げ始めればきりがない。しかし、色とりどりのカオスな中にも、暑苦しい寛容さというか、年季の入った青臭さのようなものが共通している。