加藤俊徳 先生

1961年、新潟県生まれ。医学博士、脳内科医。加藤プラチナクリニック院長。株式会社「脳の学校」代表。MRI脳画像診断の専門家であり、脳番地トレーニングを提唱している。『脳にいい! 通勤電車の乗り方』(交通新聞社新書)、『脳が若返る最高の睡眠』(小学館新書)、『脳とココロのしくみ入門』(朝日新聞出版)など著書多数。

脳番地を意識して歩いて散歩で脳貯金!

散歩は体によい、ということはなんとなく感じている。でも具体的なデータや証拠があるのだろうか。今回お話を聞いた加藤俊徳先生は、脳科学者として研究を重ね、脳内の神経細胞の集まりにはそれぞれ役割があるという「脳番地」の考え方を提唱している。

「人は歩くことで、脳に新鮮な情報を入れています。昨年からコロナ禍になって在宅生活が続いたことで、散歩が新たな生活ツールになったと思います」

以前から散歩マニアだった加藤先生は、毎日およそ5㎞は歩いている。毎月、歩いた歩数と距離の平均をとってみると、一日に5㎞以上歩いている月は元気で生き生きしていることに気づいたからだ。この元気の源となるプラスの要素を、先生は「貯金」と呼んでいる。

「自己観察しているんです。一日4㎞以上歩くと、脳と体に貯金ができる。3〜4㎞だと横ばい。3㎞を切ると貯金が減ってきて脳も体も弱っていく。個人的には、3㎞以下の日々が続くとすごく体に悪い。やる気が起きない、発想力が落ちるなど、翌日の行動に影響が出てくるんです。歩かない日は眠りも浅い。これは“運動負債”だと思っています」

経験に基づく具体的なキロ数は説得力がある。これほどはっきりと違いが表れるのはなぜか。それは加藤先生が提唱する「脳番地」につながってくる。

脳は全身に神経を張り巡らせて情報をやりとりしている。脳に集まる神経細胞の数は膨大だが、無秩序に位置しているわけではなく、同じような働きをする細胞が集まっている。この集まりが「脳番地」で、体を動かすことに関わる「運動系脳番地」、目で見たことを集める「視覚系脳番地」、自発的な考えや行動を促す「思考系脳番地」など、8つの系統に分かれているのだ。

「脳番地」の図。左が前側、右が後ろ側。
「脳番地」の図。左が前側、右が後ろ側。
脳番地の場所と役割
脳番地とは、同じような働きをする神経細胞の集まり。
脳番地を機能的にまとめると8つの系統に分けることができる。

1 思考系脳番地………自発的な考えや行動を促す
2 感情系脳番地………喜怒哀楽などの感情表現にかかわる
3 伝達系脳番地………コミュニケーション(意思疎通)をする
4 理解系脳番地………情報を理解し、応用する
5 運動系脳番地………体を動かすこと全般にかかわる
6 聴覚系脳番地………耳で聞いたことを脳に集める
7 視覚系脳番地………目で見たことを脳に集める
8 記憶系脳番地………情報を蓄積し、利用する
※脳番地は単独で働くわけではなく、脳の働きはいくつかの脳番地の連携によって成り立っている。

これらは互いに連携して機能し、とくに散歩をしているときは脳番地がフル稼働しているという。

「歩くことで運動系に、目を使うことで視覚系に、小鳥のさえずりや街の音を聞くことで聴覚系に、楽しく感じれば感情系に、初めて見たものを理解すれば理解系に、というように、それぞれの脳番地が機能して貯金ができるんです。散歩で脳貯金! が僕のモットーです」

体を動かすことで、さまざまな脳番地が連携して働く。使わないと、こわばるという点で、体も脳も同じだ。ある程度の距離を歩けば、脳番地が効果的に働き、貯金が増える。「今日の元気は、今日つくられたわけではない」と先生は断言する。蓄えがないと、目の前の状況に対する反応が鈍くなるという。

「散歩するとき、とくに効果的なのは眼球運動です。目を動かすこと。在宅生活でパソコンやスマホを眺めているだけだと、目は動いていません。いろいろなものを見ると、理解するためにさまざまな脳番地が使われて切り替えられる。この切り替えの回数を増やすことに、とても意味があります」

時間帯によって脳の使い方が違う

一日のうち、散歩をするのによい時間帯があるのだろうか。加藤先生は、朝、昼、夕では脳的な意味がまったく違う、と話す。

「朝は覚醒のため、昼は気分転換、夕方はリラックスするためです。朝の散歩は、血圧が上がりかけのときに歩くことで目覚めの効果があります。昼の散歩は、気分転換というか脳転換ですね。仕事をしているときは主に理解系脳番地を使っていますが、昼休みに散歩をして運動系を使うことで、脳番地をシフトする。

夕方、16〜18時くらいにかけては、一日のなかでも血圧が上がります。だからできるだけ力を落として血圧を下げ、体のコリをほぐすイメージで散歩するとよいでしょう。コリはそれだけで脳にストレスをかけるので、コリをほぐして脳への負荷を減らし、安らかな眠りへと導く。さらに、一日を振り返って記憶を整理、定着させる効果もあります。とくに、ひとりで在宅仕事をしている人は、自分ひとりでは一日を振り返られないんです。今日は何やったんだっけ? となる。夕方に散歩をして一日の価値を自分に定着させることで充実感にもつながります」

それぞれの時間帯によって効果が違ってくるのだが、基本的には朝の散歩がおすすめだそう。朝9時までに脳の働きをピークにもっていくと、一日のリズムが効率よくできあがるからだ。

体を動かすと、夜ぐっすり寝られるという人は多いだろう。それは単に体が疲れたからだけではなく、脳にも関係している。「人間は、使った脳番地が多いほど寝られるんです。昼間使ったところを休めて、老廃物を排除して浄化するために寝るんですね。だから使っていないところが多いと、なかなか眠れない。これは実際に脳波をとって研究した学者がいます」

脳番地を刺激する散歩スキルあれこれ

一日5㎞歩くことで脳貯金が増えるというが、そもそも散歩の習慣がない場合、いきなり毎日5㎞というのはハードルが高いように思える。

「急に長い距離を歩くと、体のどこかに痛みが出てきたりしますから、毎日継続して歩ける距離を自分で見つけることが大切です。通勤通学で意外と歩いているものですが、在宅の仕事になった人や自宅と仕事場が近い人は苦労しますよね。まず、休みの日に長めに歩いてみてはどうでしょう。できるだけゆっくり、長く歩いてみて、自分の状態を観察する。一日で20㎞歩いたから次の日は1㎞でいい、ではなく継続できる距離を探すことが大事です。あとは、何か目的があるといいですね。目当てのカフェとか、買いものがてらとか、自分なりの動機があると案外歩けるものです」

目的地があるとはいえ、そこに行き着くまでの道すがらにも、何か刺激がほしい。

「毎日同じ行程だと、やはりマンネリ化してきます。写真を撮りながら、ラジオや音楽を聴きながらというのは、いろいろな脳番地が刺激されるので効果的です。僕は、問題解決型ウォーキングというのを実践していて、科学上の課題をひとつ決めて紙に書き、それをポケットに入れて歩きます。途中、紙は見ないんですが、頭の中に課題の意識があるので、ずっと考えている。するとふっとヒントが出てくるんです。

歩いたら発想が湧くという仕組みですね。運動系脳番地の前側には、発想を生み出すスイッチがあるんです」

体を動かすことに関わる運動系脳番地は、頭頂部(前頭葉)から左右に位置している。
体を動かすことに関わる運動系脳番地は、頭頂部(前頭葉)から左右に位置している。

※続きは『散歩の達人』2021年2月号に掲載されています。

取材・文=屋敷直子 撮影=三浦孝明 イラスト=オギリマサホ
『散歩の達人』2021年2月号より

いままでなんとなく 「散歩は体に良い」 と感じてきたけれど、ほんとうだろうか。『散歩の達人』 編集部が長年心に秘めてきた深くて大きな疑問に取り組みます。脳内科医の先生によって語られる、散歩の良さ、朝さんぽの効能とは!?