選定の基準3箇条
1.曲名や曲調が散歩やウォーキング向けであること
歩くことを連想させたり、ビートが効いていたりして、その気にさせるものであること。まずはこれが大事と考えました。基本的に後ろ向きな内容の曲は、散歩に向きません(ただし例外あり)。
2.BPMは100~120前後
一般的にウォーキングにふさわしいBPM(1分あたりの拍数。楽譜にあるメトロノーム記号と同様です)は110~130前後といわれています。そこに“散歩”というちょっとゆるめのアクティビティを視野に入れ込むと、まあ100を超えていればOKと考えました。
3.いい曲であること。また内容(ネタ)があること
いい曲……は、まあ当然ですよね。さらにいえば、歩きながらその曲について思うことがあるといいと思います。ちょっとした思い出なんかがあると理想的。時間はあっという間に経ってしまいます。
この3条件のうち基本的にはすべて、最低でも2つ以上当てはまらないとプレイリストには入れません。またBPMがかけ離れているものは泣く泣く除外とさせていただきました。
ということで、さっそくリスト紹介に参りましょう。
ブレイク・フリー(自由への旅立ち/『ザ・ワークス』1984年)
あがめられたり石投げられたり…
やはりこのプレイリストはこの曲から始まらなければなりません。誰もが勇気づけられる軽快な曲、もちろんウォーキング的にも理想的です。この曲は南米やアフリカで圧政に苦しんでいた民衆を勇気付け、応援歌のように使われたといわれています。しかしご覧の通り誤解されやすいPV。イギリスのテレビドラマのパロディらしいのですが、当然イギリス人以外誰もわからず、南米でフレディがこの女装スタイルで歌ったら石を投げられたというオチがついています。笑ってはいけないのかもしれませんが、個人的には映画で再現されなかったのが残念なほど、お茶目なエピソードだと思います。
〈これほどスキップが似合う曲はない。「自由になりたい/君の嘘から自由になりたい/独りよがりな君なんか、僕はいらないよ/僕は自由にならなきゃいけない/神様は知ってる、僕が自由になりたいんだって」という意味深な歌詞。恋人から離れ自由になりたいという心境を歌ったこの曲は、まさに自由と変化を象徴する街・渋谷を歩くのに最適。MIYASHITA PARKの変わり果てた姿に驚いた後は、一方で変わらぬのんべい横丁にスキップで吸い寄せられ帰りは千鳥足。〉(元散歩の達人編集部・松崎聖子)
BPM=110 ややゆっくりめ。
1985年のブラジル公演。たしかに事情を知らずにこの格好で出てきたら……客は目が点でしょう(とはいえ投石は確認できませんでした)。
うつろな日曜日(『オペラ座の夜』1975年)
クイーンの〈一週間〉
そして2曲目はどうしてもこれ、『オペラ座の夜』の2曲目です。「月曜は仕事に行って、火曜はハネムーン、水曜日は自転車に乗って、木曜日は動物園へ、金曜はルーブルで絵を描いて、土曜日はプロポーズ、そして日曜日の午後はだらだら過ごす」……という歌詞がロシア民謡の「一週間」のようです。金属のバケツの中でヘッドフォンを再生して録音したというエピソードもキュート。次作『華麗なるレース』の「懐かしのラヴァー・ボーイ」の原型ともいえる美しき小品です。イントロがちょっとラジオ体操みたいで、ウォーキング的にもグッドでしょう。
〈フレディの軽快なピアノととぼけたボーカル、ご機嫌でのんきな歌詞が、休日の散歩にあまりに最適だと思いませんか? 潔く1分ちょっとで終わり、アルバムではこの後間髪入れず「アイム・イン・ラヴ・ウィズ・マイ・カー」につながるところも気持ちよくて好きです。ちなみに邦題の「うつろな」というのはちょっと誤訳で「のんびり」「だらだら」というニュアンスに近いのですが、散歩のお供なら「ぶらぶら」ですね。ちょっとテンポ速めだけど〉(さんたつ編集部・中村こより)
BPM=130 びっくりするぐらい短いです。
アンダー・プレッシャー(シングル/クイーン&デビッド・ボウイ/1981年)
意外に怖い歌詞だった
当時、深夜のMTVを見ていて突然この曲のPVがかかった時の衝撃は忘れがたいものがあります。この声はもしかして……と、わくわくしながら聴いて、最後のクレジットを見てめまいを覚えたものです。とはいえPVはシュールで意味不明、クイーンもボウイも出てこないし、フレディのパートは叫び声みたいなのが多く、きっとイロモノ的な曲だろうと決めつけておりました。のちに訳詞をチェックして、深くシリアスな内容に驚いたものです。難解な歌詞は語り出したらきりがありませんが、クイーンの中でもっとも政治的といえるでしょう。サッチャー政権に対するアンチテーゼやケン・ローチの映画に共通する世界観も感じるし、最近問題視されているあのプレッシャーに置き換えることもできます。「これが最後のダンス 同調圧力の下で」……怖いですね。PV冒頭のラッシュアワーは新宿駅中央線ホームでしょう。
BPM=115 ここに出てくる古い映画は「吸血鬼ノスフェラトゥ」や「戦艦ポチョムキン」など。
マイ・ベスト・フレンド(『オペラ座の夜』1975年)
ジョンの最初のヒットチューン
私がクイーンをリアルタイムで聴いた最初の曲は「ボヘミアン・ラプソディ」、その次に聴いたのはこの曲でした。『オペラ座の夜』から2枚目のシングルで作曲はジョン。短く単純な構成の曲ですが、それだけにメロディの美しさが染みます。イギリス7位、アメリカ16位とのことですが、日本でもFM東京「ダイヤトーンポップスベスト10」で1位になった記憶があります。この曲は2人が選んでいるので、そのマニアックなコメントを。
〈クイーンっぽくなくてすみません。散歩のお供には軽い曲もいいかなと。実は私、ブライアンのギターと同じくらいジョンのベースが好きです。3rdが出た頃、ミュージックライフ誌で「下手だ地味だ」とよく書かれ凹みました。歌詞が誰に向けたものか分からず、また中学の英語教師に×「Best Friend」〇「a friend of mine」と教えられていたので、疑問に思い調べたら奥さんの事と知り、そんな表現があることに驚いた思い出があります〉(1stからクイーン好きライター・飯田則夫・50代)
〈ジョン・ディーコンが書いた大ヒットラブソング。クイーンらしからぬ雰囲気に一役買っている印象的な電子ピアノも彼自身が弾いてます。コテコテの甘〜い詞とポップなメロディもいいのですが、注目すべきは何よりジョンのベースがベースラインの持ち場を離れて派手に飛びまわっているところ。そして、この曲の元ネタはウイングスの「磁石屋とチタン男(1975年)」なんだとか〉(さんたつ編集部・中村こより・20代)
BPM=119 標準的。
こちらがウイングスの「磁石屋とチタン男」。ベースはデニー・レイン。
地獄へ道づれ(『ザ・ゲーム』1980年)
足がクイックイッ進みます
BPM=110
映画で「ドラムループにシンセ? これはクイーンじゃない!」とロジャーが怒るシーンが印象的。そういえば『プレイ・ザ・ゲーム』から「シンセサイザーを使っていません」というクレジットが消えました。
恋のゆくえ(『世界に捧ぐ』1977年)
ラテンでジャジーでオシャレ
またまたジョンの曲です。すいません。今回、このプレイリストを作るにあったって、全アルバムを聴きなおしてみたわけですが、改めて良さを再発見したのが『ホット・スペース』と、この曲の入った『世界に捧ぐ』でした。特に後者のラスト4曲は最高。ブルージィな「うつろな人生」の後、「イッツ・トゥー・レイト」「マイ・メランコリック・ブルース」へのつなぎとなっているのがこの曲。わがままな女性と付き合っている男の話ですが、この男もなかなか策士で、さんざんわがままを聞いて増長させた末に「だれが君を必要としてるんだい? 僕はごめんだよ」と女を突き放します。なるほどジョンっぽい。曲想はラテンでブライアンのギターもジャジーでオシャレ。こういうクイーンもあったんだなあと思います。
BPM=120 こちらはファンの方が作ったPVです。
狂気への序曲(『イニュエンドゥ』1991年)
頭にバナナ?
フレディがエイズにおかされ、死ぬ時期に記録された曲とPV。「結局こうなったのさ 僕は少し狂っていく」……ちょっと涙が出そうになりますが、PVはよく見ると割とお茶目です。「狂気」というよりも「認知症」ぐらいな「Mad」に読めるし、「バナナは種子は残さないけど未来に株を残す象徴」だと解釈している人もいます(このサイト)。
〈QUEEN史上最も暗い、かつ私の最も好きな曲。フレディの病状が悪化し認知症を自覚しながら作られた、まさに“狂気とは美”を体現する一曲でしょう。陽気な街を歩くのには向いていませんが、アップテンポなメロディは、薄暗く寂れたアーケード街を早足で歩く時にはピッタリ。ちなみにPVは、頭でやかんを沸かしたりバナナが生えちゃうシュールな映像。令和を全く感じさせないレトロな三ノ輪の商店街あたりを散歩するのに良い曲ではないでしょうか〉(元散歩の達人編集部・松崎聖子)
なるほど三ノ輪ですか。私はもうちょっと渋谷円山町とか新宿三丁目歩きをおすすめします(あえて二丁目とは言いません)。
BPM=115
輝ける七つの海(『クイーンⅡ』1974年)
これが最初の出世作
これはクイーンが最初に全英チャートインした曲。そこにはちょっとしたきっかけがありました。BBCのテレビ番組「TOP OF POPS」にそもそもデヴィッド・ボウイが出るはずだったのがトラブルで出られなくなり、代わりに声がかかったのがクイーンだったとか。映画では「キラー・クイーン」を口パクで歌わされるシーンが出てきますが、あれは2度目の出演で最初はこの曲だそう(もちろん口パクです)。内容はファンタジーノベルの世界。フレディが子供のころから書いていた「Rhye」という世界の話がベースだそうです。実質的なラストといわれる『ウェンブリーライブ』でも歌われてます。個人的には「炎のロックンロール」や「キラー・クイーン」よりこっちの方が好きです。
BPM=120
レディオガ・ガ(『ザ・ワークス』1984年)
歌の力
この曲ヒットしましたねえ。ライブエイドでも大いに盛り上がってました。ただ、「映像なんて飽きる 君にはまだ力がある まだ終わっちゃいない」という歌詞はちょっと引っ掛かります。クイーンはそれを歌う権利のある最後の世代だとは思いますが、一方でかなり凝った映像も作っていましたからねえ……(ジョニ・ミッチェルが歌うならわかるけど)。だがしかし奥山さんのこのコメント。
〈スタジオ盤もいいですが、ライブも散歩にはいいかもと思います。シンセのピコピコした電子音に包まれたポップな音楽が、刻むように歩を進めてくれる感じがします。あの映画を見た当時2歳の息子が、「レディオガ・ガ」のライブシーンを見ながら、フレディを真似してステップを踏んでいたのが印象的です(苦笑)。ちょうど一昨日、息子が1年以上ぶりに『ボヘラプ』のDVDをリクエストしてきて、やはり「レディオガ・ガ」でうれしそうにステップ踏んでおりました。そこへ武田さんからクイーンのおすすめ教えておくれと電話きて、なんだこの偶然は!と心の中で笑ってしまいました〉(編集者・奥山佳知)
そういうことなら、前言撤回!
BPM=113
こちらは「ライブエイド」版。文句なしの歌の力です。
’39(『オペラ座の夜』1975年)
『インターステラー』だね
天文学博士号を持つブライアンが作ってブライアンが歌った曲(ライブではフレディが歌うことも)。主人公は宇宙飛行士。人口増加で地球に人が住めなくなったので、光速で飛ぶ宇宙船で住める星を探しに行って、1年後に見つけて帰ってきたら、長い時が過ぎて待っている人はみんな死んでしまったという相対性理論的ストーリーです。「君の瞳には僕のために泣く君のお母さんが映っている」という歌詞など、映画『インターステラー』を彷彿とさせます(というかあの映画の場面しか浮かびません)。この曲も『オペラ座の夜』からで、「ボヘミアン・ラプソディ」以外にも聴きどころが多いのです。
〈ブライアンらしい歌詞で、いろいろに解釈できるので好きです。深読みしながら歩くのも乙なものかと〉(クイーン好きライター・飯田則夫〉
BPM=104 ちょっとゆっくり。カントリー調です。
こちらはフレディがボーカルバージョン。しかし素敵な衣装ですね。
カインド・オブ・マジック(『カインド・オブ・マジック』1986年)
ライブエイド後の秀作
この曲は、いいですよねえ。アレンジもノリの良さも完璧なヒットチューン。ジョージ・ベンソンばりのブライアンのギターにも心を持っていかれます。あの映画を信じれば「ライブエイド」で再び一つになったメンバーの結束、つまり“一つの夢、一つの魂”が魔法のようだという歌詞なんでしょうが、まあとにかくいい感じです。発売当時、さすがにもうクイーンはいいやと思っていたのに、聴いた途端KOされたことをよく覚えています。そしてこれがクイーン最後のメガヒットとなりました。
BPM=131 ちょっと早め。パワーウォーキング。
ボディ・ランゲージ(『ホット・スペース』1984年)
ビデオはちょっとアレですが…
過激すぎる歌詞、そしてこのPV……。でも、私はわりと好きなんです。シンセベースがうねってて(ジョンではなくフレディらしい)、ボーカルは水を得た魚、クイーン流ファンクの極致だと思います。もちろんウォーキング的にもバッチリです。でも歌詞はここに書くのは危険なので自分で調べてくださいね。
BPM=133
神々の業(『シアー・ハート・アタック』1974年』)
ブレイク前夜の誓い
ラストはこの曲以外にあり得ません。3rd『シアー・ハート・アタック』のラストナンバーで、「伝説のチャンピオン」が出るまでは、ライブの大トリでもあった曲。原題「In the Lap of the Gods… Revisited」はいわゆる「神のみぞ知る」ですが、歌われているのはレコード会社との契約のことだとか。「お前は俺から逃げられない いや逃げられるさ おれならできる いつか自由になれるはず すべては神のみぞ知るなんていやだ」。美しく荘厳な讃美歌のようなので、この歌詞の背景を知ったときはちょっと意外でしたがやはり名曲です。ひと言で言えば「自分の道は自分で決めるぞ」ということでしょう。この次が名作4th『オペラ座の夜』。「ボヘミアン・ラプソディ」前夜の若き4人の野心を、かみしめるように歩きましょう。
〈それにしてもすごい邦題ですね(笑〉〉(クイーン好きライター・飯田則夫)
BPM=132(オリジナル) 映像は実質的なラストツアーとなった『ウェンブリー1986』。「輝ける七つの海」へと続きます。イントロのフレディのピアノに感動!
ということで全13曲。いやはや大変でした。同時代だったから知ってるつもりでいましたが、調べるほどに知らないことばかり。クイーン、恐るべしですね。間違いを見つけたらぜひご指摘ください。交通新聞社お問い合わせフォームからお願いいたします。
さて今回久しぶりに全アルバムを聴きなおして思ったことが二つあります。
一つは、クイーンには驚くほどウォーキング向けの曲が多いということ。最初にざっと聴いただけで軽く30曲ほどピックアップでき、そこから絞り込むのが至難の業でした。特に「レイン・マスト・フォール」「キラー・クイーン」は迷った末に落としました。お好きな人が多いことは存じております。申し訳ございません。
もう一つは、フレディって本当にどこまでもお茶目な人だったんだなあということ。ミュージックライフの東郷かおる子元編集長も「映画ではちょっと暗かったけど、私が会ったフレディはとってもお茶目でひょうきんで明るかった」と証言してます。このブラジルでのインタビューなど、なんともユーモラスです。(「ブレイク・フリー」のところで書いた投石事件の頃のインタビューでしょう)
どうです、このお茶目なキャラ! 見習いたいと思います(無理無理)。
では皆さんどうぞお元気で。外出自粛期間中もめげずにご近所ウォーキング! そしてまた平和な街で逢いましょう。
文=武田憲人(さんたつ編集長)