行政だけでは成し遂げられなかった官民連携プロジェクト
JRが5路線、私鉄が9路線乗り入れ、どこに行くのも便利な品川区。古くから東海道の宿場町として栄え、当時の面影を感じる街並みが残る一方、再開発が進む臨海エリアなどには最先端のオフィスビルが立ち並ぶ。伝統と新しさをあわせ持つ地域だ。
今回うかがう品川区役所に近いのは、JR・東急線・りんかい線が走る大井町駅。2026年に大型複合施設『OIMACHI TRACKS』が開業し、新たなにぎわいを生んでいる。
東急大井町線の高架沿いはアーケードの商店街になっていて、雨の日でも安心。5分ほど歩き、品川区役所前の交差点を右折すると品川区役所が見えた。
本庁舎の3階から入り、連絡通路を通って第二庁舎へ。食堂は2階にあるので、階段を下りよう。
今回は、品川区とマヨネーズなどの調味料でおなじみのキユーピーがコラボした、毎月3日間限定の特別メニュー・しながわボウルが食べられると聞いてやってきた。
しながわボウルは、品川区が区民の野菜不足解消と健康増進を目的とした取り組みとして提供しているメニュー。『一皿でたっぷりの野菜、タンパク質、炭水化物が摂れて、見た目も美しくおいしい、ポウルスタイルの食事』を定義としている。
毎月“○○の日”といった記念日にちなんだテーマを決め、レシピづくりは食堂が担当。区の栄養士が野菜の量(120g以上)や栄養バランスを確認し、キユーピーはテーマ作りから見た目のこだわり、食材に合うドレッシングやソースの提案など、全般のアドバイスを行っている。官民連携のプロジェクトだ。
おいしそうなメニューを選んだ結果、みんなが健康になる
しながわボウルを提供するようになったきっかけは、『令和5年度 健康意識に関する調査』で区民の食生活の課題が浮き彫りになったことだという。品川区生活衛生課長の赤木和貴さんにお話を伺った。
「厚生労働省が推奨する1日あたりの野菜摂取量は350gなのですが、1日350g以上の野菜が摂れていると答えた区民の割合がわずか3.3%。また、約半数の人が栄養バランスのいい食事が実践できていないとの回答だったんです。この2つの課題を解決するために、“サラダファースト”を提唱するキユーピーさんに協力を仰ぎ、『しながわボウルプロジェクト』が始まりました」
「役所だけで取り組むと、どうしても『健康』とか『栄養』を前面に出してPRしがちになるんですが、キユーピーさんから『見た目やおいしさも重要。おいしいものを食べたら、その延長線上に健康がある』という考え方をご提示いただき、目から鱗でした」と赤木さん。
同課栄養管理担当主査の永井靖子さんも「私たちはどうしても『健康になろう』『野菜を食べよう』と、真正面から言ってしまう。そこをキユーピーさんに、『健康を打ち出すのをやめましょう』と言われたんです。“健康のために食べる”のではなく“おいしそうだから食べる”。あえて、『これを食べれば健康になりますよ』と言わない戦略があるんだなっていうのが本当に新鮮でした」と話す。
これまでのメニューを教えてもらうと、アジフライやとんかつ、カキフライなど、揚げ物がメインのものもある。“健康的な食事”となると、揚げ物はできるだけ避けなくてはならない気がするのだが、ボウルの中身をトータルで考えれば揚げ物がメインでもOKなのだ。
筆者は健康に無関心というわけではないが、食べたいものが目の前にあるときは我慢せずに食べてしまうタイプだ。見た目や食べたいおかずで選んで食べた料理が実は栄養バランスばっちりの健康的な食事で、結果的に野菜がたっぷり摂れてたなんてありがたすぎる!
「品川区以外にも、全国のいくつかの自治体での取り組みに参加させてもらっていますが、こんなふうに実際の課題解決に向けてメニューを作って、市民・区民に提供する事例っていうのはものすごく珍しいケースです」と話すのはキユーピーの山本英之さん。「だいたいが、『こんなことをするといいですね』っていうところで終わる。品川区は本当にそれを実践している。すごいことです」。
ヘルシーな食事のイメージを覆す味とボリューム
この日のしながわボウルは、プロジェクト1周年記念として、これまでで1番人気だったハンバーグをメインのおかずとし、“たまご料理の日”にちなんで目玉焼きをトッピングした、ハンバーグ&目玉焼きのしながわボウル。
ハンバーグにかかっている赤いソースはキユーピーの“具たっぷりソース トマトガーリック”。厨房でアレンジを加えているのかと思ったら、一切手は加えていないそう。コクのある濃いめな味付け。すりおろした野菜のどろっとした口当たりで、手作り感がある。
びっしり敷き詰められたレタスの上に、バジルスパゲティと目玉焼きののったハンバーグ、さらに極細切りのニンジンとダイコン、栄養たっぷりのミックスビーンズがのって色味も鮮やか。野菜はキユーピーの“コクとうま味のおろし野菜ドレッシング”で和えている。甘みと酸味のバランスのとれた味わいで、もりもり食べられる。
食べ進めていくうちに具材がどんどん混ざり合っていくところがボウルメニューの醍醐味。ソースやドレッシング、肉汁や卵の黄身といろんな食材の味が重なって、どんどんおいしさが変わっていく。これなら無限に食べられそう! この味変も計算されているものなのだろう。最後までおいしくいただけました。おなかいっぱい、ごちそうさまでした!
それにしても、けっこうなボリュームだ。そして、しっかりとした味付け。ヘルシーな食事って、味も量も物足りないイメージがあるが、それを覆す一品だ。
「ヘルシーな食事はおいしくなさそう」と敬遠する人も、意識せずに食べたいものを選んで食べたら自然とバランスのいい食事がとれたことになって健康につながる。しかも量も申し分ない。問題を抱えた人へ特別食を提供するのではなく、みんなにバランスのいい食生活を送ってもらうというのが基本の考え方だと永井さんは言う。「おいしいものをたっぷり食べていただいてみんなが健康になったらいいんじゃないかなと思っています」。
魚定食をはじめとする定番メニューも人気
最後にお話を伺ったのは食堂店長の西原正己さん。「しながわボウルは毎月テーマがあって、まずそのテーマに合わせたメインのおかずが決まってきます。そして野菜、炭水化物、タンパク質がそれぞれ何g以上といったお題がありますので、いろいろ組み合わせを考えながらメニューを決めています」。
しながわボウルの提供日には「何時から並べばいいですか?」といった問い合わせが来ることもあるそう。また、常連さんには定番メニューも人気だ。各種定食やカレー、そば・うどんなどのレギュラーメニューのほか、日替り定食と本日の魚定食が用意されている。
居酒屋なども展開する食堂の運営会社が銚子の網元と直接取引を行っていることから、旬の魚介を使ったメニューがお値打ち価格でいただけることも。魚を目当てに通うお客さまが多いというのもうなずける。
「しながわボウルがない日でも『ここの魚が食べたいから来た』とおっしゃってくれるお客さまもいます。そんなお客さまがどんどん増えていくようなお店づくりを目指しています」と西原さん。「区役所でこんなのが食べられるんだ」というような、ちょっとしたサプライズのような料理を提供したいと、日々のメニューを考えているそう。
もう1つ、筆者が気になったメニューが品川丼だ。西原さんによると、品川丼とは深川めしの品川版のようなもので、アサリを使ったご飯のことだそう。昔は品川丼や品川めしという名で提供する店がたくさんあり、「アサリの味噌汁をガーっとあったかいご飯にかけたものを出す店もあれば、アサリご飯にシャコのかき揚げをのせる店もあったようです。もともと、海がすぐそこですから」。
『品川区役所食堂』の品川丼は、アサリご飯の上にエビ、イカ、アサリなどの魚介と旬の野菜で作ったかき揚げをのせた一品。次回訪れた際にはぜひ注文したい!
栄養バランスだけでなく、おいしそうな見た目とボリュームにもこだわった満足度の高いメニューを実現した“しながわボウルプロジェクト”。「食べたいから食べる」「おいしそうだから食べる」ことが結果的に健康につながるなんて、これまでにない画期的な取り組みだ。品川区では、今後区内にしながわボウルを提供する店を増やしていく計画だという。
しながわボウルが街へ広がれば、知らず知らずのうちに自然と健康になる人がどんどん増える。無意識のうちに健康になった人たちは、もしかすると次回の『健康意識に関する調査』でも「栄養バランスが摂れている食事ができていない」って回答してしまうんじゃないか? などと余計な心配をしてしまったが、とにもかくにも健康が1番! 結果的に健康になる人が増えればすべてOKなのです!
取材・文・撮影=マルヤマミキ






