松村大輔 Matsumura Daisuke
1973年生まれ。ブックデザイナー。現在、出版社パイ インターナショナルに所属。のどか制作室という個人名義でも活動中。著書に『まちの文字図鑑よきかなひらがな』『まちの文字図鑑ヨキカナカタカナ』(大福書林)、『まちの文字図鑑別冊 商店街看板めぐり』(私家版)などがある。

「よき文字」を探して街を歩いてみると

パソコンが普及し始めてからもう20年以上経ちますよね。そのおかげで街には便利で読みやすい、デジタルフォントで作られた看板が増えてきました。

しかし、それより前からあるお店には、職人さんが手作りした、とても表情豊かで個性的な文字が残っています。ひらがななら「よきかな」、カタカナなら「ヨキカナ」、総称して「よき文字」と私は呼んでいます。例えば、古くからの商店街なんかにはまだまだ残っています。

力強さの中に軽やかさがある『スナックヒムカ』。
力強さの中に軽やかさがある『スナックヒムカ』。
『ペイントショップ』は丸くてポップ。
『ペイントショップ』は丸くてポップ。

業種ごとに特徴がある場合もあって、わかりやすいところだと美容院。私は“ベルばら文字”と呼んでいるんですが、漫画『ベルサイユのばら』に使われているような、バラのような装飾のついた文字です。既存のフォントでも近いものはありますが、手作りされているものなので、ひとつひとつ違うのもいいですよね。

それぞれの業種ごとになんとなく見える方向性は、図案文字集などから職人さんが引用しているからなのかもしれませんね。

ひとつひとつの文字にクローズアップしよう

看板文字って全体で読むものですよね。これをあえてバラバラにしてみる。すると、なんという文字なのか判読できなくなるものがけっこうあります。これもデジタルフォントにはない、手書き文字ならではの楽しみのひとつです。

上の写真は、道路に書かれた「とまれ」の「ま」。これだけ切り出すと、「き」にしか見えないです。さらにこの「とまれ」の文字全体がヨレヨレしていますよね。ステンシルという型抜きのようなやり方で書かれた文字を模しているのも不思議だなと。たいへん珍しい形の文字です。

『アラン・ド』の「ド」や、『メイカセブン』の「イ」も単独だと、かなり読みづらいですよね。しかし、それでも看板の文字全体を見れば、文字列の流れできちんと読める。これはオリジナリティに挑んだデザイナーや職人の爪痕だと思います。

それと文字ではないですけれど、電話マークもバリエーションが多くて面白いですよ。

街を歩けばそこかしこ「よき文字」にあたる!

文字が必要とされているのは、お店の看板だけじゃありません。いろんなところに「よき文字」はあります。この「城南建物管理協同組合」の文字もいいですね。ビルの入居者を示す表示板です。数年前に話題になった「修悦体」にも似た文字ですね。JRの駅などで見かける、ガムテープで作られた文字です。今も新宿駅などで見られます。

ピシッと揃った太めの文字が力強い「城南建物管理協同組合」。
ピシッと揃った太めの文字が力強い「城南建物管理協同組合」。

「おおやまほどうきょう」のこの文字もいいですね。特に「お」。「お」の字の右の点が、ほかの線と交差しているのがとても好きなんです。経年劣化によってごく普通のフォントが「よき文字」化したものもあります。「管理」がそれです。ホーロー看板などの錆びでも、「よき文字」が作られる場合がありますね。

「おおやまほどうきょう」は昔の女子高生が書いていた丸文字にも似た感じがキュート。
「おおやまほどうきょう」は昔の女子高生が書いていた丸文字にも似た感じがキュート。

「よき文字」は、新しいものばかりの街でも探そうと思えば意外と見つかるものです。あなたが「よい」と思えば、それが「よき文字」。外出が制限されている今、わずかな時間の外出で街を遊ぶには、もってこいだと思いますよ。

写真提供=松村大輔 取材・構成=かつとんたろう
『散歩の達人』2020年6月号より一部を抜粋