美食ゾーン・観音裏に潜む店

この豆花が日本で食べられるようになってきたのは最近のこと。そして『浅草豆花大王』は草分け的な店のひとつだ。「大王」とはまた大ゲサな、と思うかもしれないが、台湾では永和豆漿大王とか高雄牛乳大王とか「大王」を気軽に名乗る店が目につく。それを踏襲したもので、現地ノリの趣向にニヤリなのである。

浅草・浅草寺の裏手、言問通りをはさんででんとそびえるのが浅草土産の定番、常盤堂雷おこし本舗の「雷5656会館」である。これに向かって左脇の道を北へ直進していく……。あるいは、つくばエクスプレス浅草駅からローカルな雰囲気が楽しい千束通り商店街へと進み、マルエツ・スーパーが見えてきたら手前の丁字路を右折……。どちらのルートも小さな浅草四郵便局が見えてきたら、その斜め向かいに目指す店はある。

昼間に訪れると、住宅街に紛れこんでいるように勘違いするかもしれない。でもここはどっぷり観音裏エリア。夕暮れと共に、碁盤状に伸びる細い通りのあちこちに魅惑的な明かりが灯り、地元の常連食いしん坊でにぎわう、知る人ぞ知る屈指の下町美食ゾーンである。『浅草豆花大王』のご近所にも豚モツの名店『喜美松』や夜のみ営業の渋いそば屋『大黒屋』が並ぶ。

台湾の下町で親しんだ味を再現

こんな粋な場所に台湾スイーツの店を開くなんて目利きだなあと唸っていたら「偶然みつけたんですよ」とあっさりとご主人の志田晃久さん。あらそうなんですか。

志田さんはお母様が台湾人。小学校時代、縁のある台北で夏休みを何度も過ごし、その時よく食べたのが豆花だった。その味を忘れぬまま時は流れ、仕事を模索していた時、豆花を食べられる店が日本にはないから開いてみようと思い立ち、2016年4月にこの専門店をオープンした。

かつて台北で口にした本場そのままの味をめざし、独学で試行錯誤を重ねて完成した豆花は、食用の石膏を用い、コクと独特の柔らかさを生み出している。台湾でも減っている伝統的な作り方だそうだ。

当時志田さんが過ごした場所を詳しく伺うと、下町の萬華(ワンファ)だという。古刹・龍山寺を有する台北最古の盛り場、東京の浅草みたいなエリアである。そこで親しんだ豆花の再現というのだから、折り紙付きの「古早味(グゥザオウェイ)=昔ながらの味」じゃなかろうか。それが日本で味わえるのは、個人的には羨望も込めてちょいとウレしい。

トッピングを選ぶのも楽しい

『浅草豆花大王』の豆花は、豆腐一丁サイズの大500円、ハーフサイズの小400円。冷と温が選べて、シロップをかけてそれぞれの美味を楽しめる。定番の、ほの甘いきび砂糖シロップほか数種から選択。シロップの代わりに、台湾の豆乳に当たる豆漿(トウジャン)をかける豆漿豆花なんてメニューも用意されている。

シロップだけかけて食べても美味しいが、さまざまな具をトッピングするのが豆花のお楽しみのひとつ。『浅草豆花大王』も十数種類の具を用意。自家製のもっちりしたさつまいも&さといも団子、はとむぎ、緑豆、白玉団子など、渋い名脇役ぞろいである。お店のイチオシは、湯がいたピーナッツ。やわらかい歯ごたえとほんのりした自然の甘味が豆花と実にマッチする、豆花界の最強タッグである。またお得価格で自由にチョイスできる3種セット350円を、おすすめの組み合わせとともに用意。具は欲張りすぎず、数種程度に抑えた方が確かにいいよ。

写真はきび砂糖シロップにハトムギ、ピーナツ、さつまいもとさといもの2色団子をトッピングした冷たいやつ。もうひとつは小粒のタピオカ、小豆、白きくらげをトッピングした豆漿豆花。豆花の絶妙な食感と、素朴な具材をきび砂糖シロップがさりげなくまとめ上げる淡泊な美味は、ぺろりといける。

きび砂糖や生姜シロップをかける台湾式かき氷も

豆花のほかにも、台湾式かき氷も用意。マンゴーかき氷が有名だが、より地元感ある総合剉冰(ゾンファツォビン)=総合かき氷が食べられる。ピーナツ、小豆、緑豆、はとむぎ、さつまいも団子、小粒のタピオカを配したかき氷で、きび砂糖か生姜シロップをかけて食べる。日本の甘味に通じる落ち着いた甘味の効いた渋いかき氷である。小800円でもけっこうなボリュームあり。台湾式ミルクティーなどの飲物も豊富。

志田さんの一番の目的は、日本人の舌にも馴染む豆花を日本に広めること。そのために、教室や開業向けの講座も開いている。すでに各地で志田レシピの豆花を出す店が増えているそうだ。打倒! 杏仁豆腐(好きだけど)をかかげ豆花の普及に努める『浅草豆花大王』は、豆花にかける熱量ひとつとっても格別なのである。

次回は夕方近くに伺い、平らげた後で近所の居酒屋に足を伸ばそうかな。

『浅草豆花大王』店舗詳細

住所:東京都台東区浅草4-43-4/営業時間:12:00~20:00(土・日・祝は13:00~19;00)/定休日:火/アクセス:つくばエクスプレス浅草駅から徒歩10分

取材・文・撮影=奥谷道草