岡田 悠『駅から徒歩138億年』(産業編集センター)
歩くこととは、距離と時間を飛び越えること
『タイタンの妖女』という小説がある。すべての時間・空間に同時に存在できる男にまつわる話で、現実にはありえない人間の物語だ。しかし散歩をしていると、小説の男がもつ不思議な体質と似た感覚に襲われることがある。久々に訪れた土地での散歩や、無心で長距離を散歩するときなどにふと、自らの過去やら未来やらが頭の中に押し寄せてきて、いつでもない独特な時間の中を歩くことになるのである。自分にとってはこの感覚が、散歩の楽しみのひとつであるのだが、漠然とした感覚なので説明しづらいし、心配される可能性もあるので、あまり人には話さないでいた。だから本書を読んだとき、歩くことで時空を移動している人が他にもいたとは!とうれしくなった。もしよければ友達になってください。
本書はライターである著者が、ふとした思い付きからさまざまな場所に“徒歩で”出かける様子を記したエッセイである。多摩川の全長138kmを宇宙の歴史138億年と重ね合わせて歩いてみたり、古いカーナビを持ちながら現代の道を歩いてみたりと、道を歩いているだけなのに、そこに時間の要素が加わって、ただの散歩が思ってもみないような時間旅行に変わってしまう。スマホの断片的な記録を基に歩き、当時と同じ場所にたどり着いたとき、著者は10年以上前の、過去の自分と邂逅を果たした。きっと未来の著者も、いつの日かふと思い立ち、現在の著者に“徒歩で”会いにいくことになるのだろう。いや、とっくに会っているのだと思う。人が歩くとき、そこに時間は存在しないのだ。(守利)
村田あやこ『緑をみる人』(雷鳥社)
私事だが、飛行機の中で読んだ。植物は人間が造り上げた都市の隙間、例えば地面のタイルや外壁の隙間などにも出現する。その姿の魅力について語られるが、それらの写真が、逆に空から俯瞰する「都市」のように見えてきたのだった。街角のごく小さな営みからフラクタルに、都市や社会へと大きな問題提起を見出す瞬間があった。(小野)
『花街さんぽ』(イカロス出版)
「芸事」を売る街を「花街」として定義し、「色街」や「赤線跡」巡りとは似て非なるガイド本。私はまさに花街・向島に住んでいるが、本書にもある料亭直下の料理屋や芸妓見習いの「かもめさん」の存在は最近知ったこと。深夜の酔客を見送る声と送迎車の音はやや迷惑だが、これも特別な歴史と文化なのだな、と思うことにした。(高橋)
荻窪今昔研究所編『写真集 『荻窪百点』が見た荻窪の今昔』(言視舎)
1965年創刊のタウン情報誌『荻窪百点』が、2020年までの55年間にわたり記録してきた荻窪の街の変遷を、カテゴリー別に再構成したモノクロ写真集。建物、風景、鉄道、人物といった写真から読み取れる情報は多い。「白山通り商店会マップ」「教会通り商店会マップ」「荻窪駅南口散歩マップ」などイラストマップが好き。(平岩)
『散歩の達人』2025年12月号より







