岡田 悠『駅から徒歩138億年』(産業編集センター)

歩くこととは、距離と時間を飛び越えること

岡田 悠著/産業編集センター/1980円。
岡田 悠著/産業編集センター/1980円。

『タイタンの妖女』という小説がある。すべての時間・空間に同時に存在できる男にまつわる話で、現実にはありえない人間の物語だ。しかし散歩をしていると、小説の男がもつ不思議な体質と似た感覚に襲われることがある。久々に訪れた土地での散歩や、無心で長距離を散歩するときなどにふと、自らの過去やら未来やらが頭の中に押し寄せてきて、いつでもない独特な時間の中を歩くことになるのである。自分にとってはこの感覚が、散歩の楽しみのひとつであるのだが、漠然とした感覚なので説明しづらいし、心配される可能性もあるので、あまり人には話さないでいた。だから本書を読んだとき、歩くことで時空を移動している人が他にもいたとは!とうれしくなった。もしよければ友達になってください。

本書はライターである著者が、ふとした思い付きからさまざまな場所に“徒歩で”出かける様子を記したエッセイである。多摩川の全長138kmを宇宙の歴史138億年と重ね合わせて歩いてみたり、古いカーナビを持ちながら現代の道を歩いてみたりと、道を歩いているだけなのに、そこに時間の要素が加わって、ただの散歩が思ってもみないような時間旅行に変わってしまう。スマホの断片的な記録を基に歩き、当時と同じ場所にたどり着いたとき、著者は10年以上前の、過去の自分と邂逅を果たした。きっと未来の著者も、いつの日かふと思い立ち、現在の著者に“徒歩で”会いにいくことになるのだろう。いや、とっくに会っているのだと思う。人が歩くとき、そこに時間は存在しないのだ。(守利)

村田あやこ『緑をみる人』(雷鳥社)

村田あやこ著/雷鳥社/2640円。
村田あやこ著/雷鳥社/2640円。

私事だが、飛行機の中で読んだ。植物は人間が造り上げた都市の隙間、例えば地面のタイルや外壁の隙間などにも出現する。その姿の魅力について語られるが、それらの写真が、逆に空から俯瞰する「都市」のように見えてきたのだった。街角のごく小さな営みからフラクタルに、都市や社会へと大きな問題提起を見出す瞬間があった。(小野)

『花街さんぽ』(イカロス出版)

イカロス出版/1980円。
イカロス出版/1980円。

「芸事」を売る街を「花街」として定義し、「色街」や「赤線跡」巡りとは似て非なるガイド本。私はまさに花街・向島に住んでいるが、本書にもある料亭直下の料理屋や芸妓見習いの「かもめさん」の存在は最近知ったこと。深夜の酔客を見送る声と送迎車の音はやや迷惑だが、これも特別な歴史と文化なのだな、と思うことにした。(高橋)

荻窪今昔研究所編『写真集 『荻窪百点』が見た荻窪の今昔』(言視舎)

荻窪今昔研究所編/言視舎/2640円。
荻窪今昔研究所編/言視舎/2640円。

1965年創刊のタウン情報誌『荻窪百点』が、2020年までの55年間にわたり記録してきた荻窪の街の変遷を、カテゴリー別に再構成したモノクロ写真集。建物、風景、鉄道、人物といった写真から読み取れる情報は多い。「白山通り商店会マップ」「教会通り商店会マップ」「荻窪駅南口散歩マップ」などイラストマップが好き。(平岩)

『散歩の達人』2025年12月号より

文学作品の表現の一節に“散歩”的要素を見出せば、日々の街歩きのちょっとしたアクセントになったり、あるいは、見慣れた街の見え方が少し変わったりする。そんな表現の一節を、作家・書評家・YouTuberの渡辺祐真/スケザネが紹介していく、文学×散歩シリーズ【文学をポケットに散歩する】。今回は、南方熊楠、夏目漱石、芥川龍之介の作品・文章をご紹介します。人間以外の視点を大切にした書き手でもある彼らの言葉を通して、いつもの散歩コースがまったく異なる映り方をする体験を、ぜひしてみてください。
2025年は「戦後80年」。戦争の悲惨さや、記憶を未来へ継承する意義、戦後の日本や世界の歩みなどが改めて着目されています。さんたつ編集部でもこのタイミングに、“戦後80年に読みたい本・絵本・漫画”を1人3冊セレクトし、それらの本について話し合ってみました。この記事を読んで、どれか1冊でも気になるタイトルがありましたら、ぜひ手に取ってみていただきたいです。また、本企画にあたり墨田区の都立横網町公園を訪れました。「戦災の記憶」に触れるきっかけとして、こちらも併せて足を運んでみてほしいと思います。
『散歩の達人』本誌では毎月、「今月のサンポマスター本」と称して編集部おすすめの本を紹介している。街歩きが好きな人なら必ずや興味をそそられるであろうタイトルが目白押しだ。というわけで、今回は2025年11月号に書評を掲載した“サンポマスター本”4冊を紹介する。
4月23日は「本を贈る日/サン・ジョルディの日」。その日に合わせ、「さんたつ編集部メンバーがそれぞれのおすすめ“散歩本”を紹介する企画をやりましょう!」、という1人の編集部員の思い付きで実施が決まったこの企画。はじめは1人1冊、ということでしたが、なかなか1冊に絞り切れず……結果、厳選して1人3冊ずつセレクトしてきました。この記事がきっかけで「本を贈る」瞬間が生まれたらこの上ない喜びです。文京区本郷の登録有形文化財『旅館 鳳明館 本館』に集い、おすすめ本について自由気ままに語り合ってみました!
https://hb.afl.rakuten.co.jp/ichiba/429a27ef.d9ff67cb.429a27f0.758d6772/?pc=https%3A%2F%2Fitem.rakuten.co.jp%2Fbook%2F18356284%2F&link_type=hybrid_url&ut=eyJwYWdlIjoiaXRlbSIsInR5cGUiOiJoeWJyaWRfdXJsIiwic2l6ZSI6IjI0MHgyNDAiLCJuYW0iOjEsIm5hbXAiOiJyaWdodCIsImNvbSI6MSwiY29tcCI6ImRvd24iLCJwcmljZSI6MSwiYm9yIjoxLCJjb2wiOjEsImJidG4iOjEsInByb2QiOjAsImFtcCI6ZmFsc2V9