岩淵宿に泊まった勝海舟が、お礼に書いた大幟旗を所蔵

一の鳥居から二の鳥居まで一直線に石畳の参道が伸びる。

八雲神社が鎮座する北区岩淵町は、江戸時代に歴代の徳川将軍が家康を祀る日光東照宮へ社参するときに通った日光御成道の第一宿場・岩淵宿として栄えた。

八雲神社の創建年代は不詳だが、江戸時代後期に編纂された『新編武蔵風土記稿』には、「牛頭天王社(八雲神社の旧称)、宿ノ鎮守トス、正光寺持」とあり、岩淵宿の鎮守社であったことがわかる。

現在の社殿は昭和4年(1929)の改築。祭神には須佐之男尊(すさのおのみこと)が祀られている。隣接するのは神楽殿。

境内には、本殿、幣殿・拝殿、神楽殿があり、神社のすぐ北には新河岸川や荒川が流れていることから水神社も祀られている。水神社は舟運業者の信仰を集めた神社で、この辺りは水害が多かったため、それを鎮めるために水神社が祀られたのだ。

また、蔵には勝海舟が荒川の氾濫によって岩淵宿に足止めされたときに書いたとされる大幟旗も所蔵する。

水屋の周囲には小さな竹林があり、風情ある景観をつくり出している。
水神社は、かつては新荒川大橋のたもとにあったが、河川敷整備のため、八雲神社境内に移転された。

神輿を繰り出す祭りや町名存続之碑に、この街を愛する住民の意気がうかがえる

地域の祭りとして愛されている例大祭。この祭りが終わると季節も夏へと移り変わる。

普段は訪れる人も少ない境内だが、6月の第1土曜・日曜に開催される例大祭は、街をあげてのにぎわいとなる。例大祭は本祭りと陰祭りがあるが、本祭りでは神輿渡御や露店、奉納演芸などでにぎわう。御輿は赤羽駅から続く赤羽スズラン通り商店街(ララガーデン)まで繰り出す。街全体が盛り上がる祭りになっているのだ。

街の名を守ったことを記念する「岩淵町名存続之碑」。

昭和37年(1962)に「住居表示に関する法律」が公布されると、北区も住居表示の変更を進めた。岩渕町1丁目の住民たちは、「岩淵」の名を守るためが町名存続運動が起こした。その活動の結果、岩淵丁1丁目は「岩淵町」として存続が決まり、これを記念する「岩淵町名存続之碑」が境内に建立されている。

岩淵八雲神社 詳細

住所:東京都北区岩淵町22-21/営業時間:境内自由/アクセス:地下鉄南北線赤羽岩淵駅から徒歩7分

取材・文・撮影=塙広明