川魚養殖業を営む店主がオープンした川魚活魚の専門店

吉祥寺駅公園口を出て、『LABI吉祥寺』の横から延びる末広通り商店街に入る。細い路地に目を向けると、外壁にロココ調建築を思わせる絵が描かれた不思議なビルがあり、1階に「ランチ」と書かれたのぼりがはためいている。しかも珍しい川魚の専門店ではないか。「川魚活魚」の看板にますます興味が沸いた。

看板には鮎、岩魚、山女魚、虹鱒などと書かれており、さまざまな種類の川魚がいただける。
看板には鮎、岩魚、山女魚、虹鱒などと書かれており、さまざまな種類の川魚がいただける。

調べてみると、ここ『小川の魚 吉祥寺店』は、川魚の養殖業をしている小川勇一さんの店で、川魚の活魚を相場よりも手頃な価格で味わえるという。八王子に本店があり、吉祥寺店は2021年にオープンした。

建物に描かれている画はロココ調だが、店構えは和風だ。
建物に描かれている画はロココ調だが、店構えは和風だ。

「開業した時期は定かではないのですが、1975年くらいから、ウチのおじいさんが八王子で高尾山の湧水を使った川魚の養殖を始め、育てた魚を近隣の民宿や釣り堀に卸していたんです。自分がその跡を継いだのですが、いろいろ食べ歩くのも好きで。2015年ごろですかねぇ、国立にあるうなぎ店『うなちゃん』にハマってしまいました」

うなぎ丸ごと1匹使ったうな丼が2170円! ほかに小鉢や茶碗蒸しも付くというお値打ち価格だ。
うなぎ丸ごと1匹使ったうな丼が2170円! ほかに小鉢や茶碗蒸しも付くというお値打ち価格だ。

『うなちゃん』はカウンターだけの小さい店だが、人気が高く開店とともにすぐ満席になってしまうのでなかなか入れない。「それなら『自分で店を開こう!』と思い立ち、2015年地元の八王子に『小川の魚』をオープンしました」と小川さんは話す。

ノンジャンルでおいしいものが大好きな店主の小川勇一さん。
ノンジャンルでおいしいものが大好きな店主の小川勇一さん。

どんなものでも“職人”の道は険しいもの。川魚を育てるのは専門でも、調理となったら話は別なのではないだろうか。

「それが『うなちゃん』のご主人がいい人でね、遠回しにちょっと見せてくれたというか、教えてくれたというか(笑)。それで、見よう見まねで店を始めちゃったんです。本格的に店を始めた時は、もちろん板前さんが入ってくれたりもしたんですけど。おかげさまで八王子の店はけっこうお客さんがついてくれたので、2店目を出そうか考えていたら、吉祥寺にあるこの物件が空いたんですよ」

コの字のカウンターはゆったりとしてくつろげる。奥にはテーブル席も完備。
コの字のカウンターはゆったりとしてくつろげる。奥にはテーブル席も完備。

元は学生寮だった物件を改装してできたのがこの店。店内は『うなちゃん』にもあった囲炉裏を囲むコの字のカウンターを継承。テーブル席も完備し広々としていて居心地がいい。

直営養殖場で卵から育てる山梨県のブランド魚・富士の介

小川さんは現在、山梨県富士吉田市と東京都八王子市に養殖場を構え、そこで育った新鮮な川魚を提供している。

「冷凍ものと違って、生だからこの店のは旨いですよ。刺し身はもちろん、焼きも最高です。夜だけ提供しているドジョウは大分から空輸していますけど、唐揚げがすごく人気なんです」

いけすの中にはヤマメやイワナ、ニジマスなどが泳いでいて、夜から刺し身や焼き魚で提供する。
いけすの中にはヤマメやイワナ、ニジマスなどが泳いでいて、夜から刺し身や焼き魚で提供する。

私事で恐縮だが、山梨出身の友人宅へお邪魔したとき鮎の塩焼きをごちそうになり、そのおいしさに驚いたことがあった。炭火で焼いた皮はパリパリと芳ばしく、身は淡白な味わいながら絶妙な塩加減がおいしさを引き立てる。ほくほくとしていくらでも食べられた。それ以来、“川魚はごちそう”と筆者の頭にインプットされている。

自分が釣った魚を持ち込むと調理してくれるサービスも。渓流釣りファンに朗報だ!
自分が釣った魚を持ち込むと調理してくれるサービスも。渓流釣りファンに朗報だ!

「ところで、『富士の介』は食べたことありますか? これは都内でも置いてあるところは珍しいですし、居酒屋でありながらこの価格で提供している店はほとんどないと思います」

はて、富士の介とは!? その正体は外に貼ってあったポスターにあった。

山梨生まれのブランド魚・富士の介は、キングサーモンとニジマスを掛け合わせて生まれた。
山梨生まれのブランド魚・富士の介は、キングサーモンとニジマスを掛け合わせて生まれた。

「日本全国に100種以上のご当地マス(サーモン)がいるんですよ。富士の介は山梨県の水産試験場で開発した品種です。正直なところ味はそれほど大差ないんですけど、水がキレイなところはひと味ちがう。富士の介は国内初のキングサーモンとの掛け合わせで、脂のりがよく富士山の湧水で育っているので旨い。しかもマスは成長が早いので生産量も申し分ない」と、小川さん。おお〜、それはぜひいただいてみたいですね。

脂ノリノリ、身はプリプリ! 酢飯とともにいただく富士の介丼

というわけで、ランチメニューから富士の介丼1400円をオーダー。こんもりしたコーラルピンクの山の上にはイクラがのっている。これは見た目も豪華ですね!と筆者が目を輝かせると「富士の介は卵を持たないので実はニジマスの卵なんです」と小川さん。へぇ〜、知らなかった。

富士の介の話をいろいろ聞かせていただいたあと、カウンターから調理している様子をのぞかせてもらった。

刺し身にする前に骨をペンチで丁寧に取り除く。
刺し身にする前に骨をペンチで丁寧に取り除く。

富士の介は締めたあとに、サクの状態にして2、3日置き熟成させてから提供するので旨味が十分に引き出されている。それをオーダーが入ってから刺し身に切り分けていく。

オーダーが入ってから酢飯を切り、こんもりとお椀型に。スライスした富士の介でご飯を覆うように盛り付けていく。
オーダーが入ってから酢飯を切り、こんもりとお椀型に。スライスした富士の介でご飯を覆うように盛り付けていく。
最後にニジマスの卵がたっぷりとのる。
最後にニジマスの卵がたっぷりとのる。

待望の富士の介丼がトレーの上に味噌汁などを従えてやってきた。こんなにいろいろ付いて1400円はお値打ちだ!

ランチには味噌汁、3種の漬物、卵焼き、冷奴、茶碗蒸しが付いてくる!
ランチには味噌汁、3種の漬物、卵焼き、冷奴、茶碗蒸しが付いてくる!

味噌汁をひと口すすったら、富士の介丼に着手。キレイに盛り付けてあるのでなるべく崩さないように、魚でご飯を包むように取り、軽く醤油をつけて食べてみた。

うむむっ! プリプリとした身はほどよく脂が乗っている。脂は感じられるけどしつこくないのがいいなあ。ごはんに酢がしっかり効いているから、醤油をごく軽くつけたほうが富士の介のピュアな味わいがダイレクトに感じられる。

2口目は、ブリンブリンの刺し身にニジマスの卵とわさびをONして食べてみた。気になる卵の味は、鮭の卵と見た目や食感はそっくりだが、塩気や魚の匂いがよりマイルドだ。
2口目は、ブリンブリンの刺し身にニジマスの卵とわさびをONして食べてみた。気になる卵の味は、鮭の卵と見た目や食感はそっくりだが、塩気や魚の匂いがよりマイルドだ。

つけあわせも見逃せない。塩気の利いただし巻き卵やアツアツで提供してくれる茶碗蒸し、たくあん、しば漬け、白菜漬けと3種が盛り付けられた漬物もうれしかった。

温かい茶碗蒸しはつるんとなめらかな口当たり。
温かい茶碗蒸しはつるんとなめらかな口当たり。

商店街から逸れてふらりと入った『小川の魚 吉祥寺店』は、富士の介丼の味と価格、ボリュームも満足できて、これはもうすべてが大当たり!かつて鮎をご馳走してくれた友人を連れてきたら喜んでくれるかな。夜はメニューが豊富だから、次はお酒と一緒に川魚料理を堪能してみたい。

住所:東京都武蔵野市吉祥寺本町2-15-4 ミュプレ吉祥寺1F/営業時間:11:45〜14:00・17:00〜22:00/定休日:月/アクセス:JR中央線・京王電鉄井の頭線吉祥寺駅から徒歩5分

取材・文・撮影=パンチ広沢