ガチ中華の光と影
ガチ中華は、うまいときはうまいが、正直なかなかむつかしいメニューもある。麻辣湯、羊の臓物麺ぐらいならまだいいが、家鴨の舌、虫の串焼きといったあたりを、おいしくいただける日本人がどれぐらいいるだろうか。
しかしガチ中華の魅力は味だけではないかもしれない。10年ほど前、風俗店が一掃された直後の西川口駅前は信じられないほど寂しかった。本当に廃墟のような街で、「人っ子ひとり」いなかった。
それと比べると、現在の西川口はとにかくにぎやかだ。中国系の人は日本人の倍ぐらい声がでかいし、土日は周辺のファミリー層が大挙してやってくる。また、相乗効果ということだと思うが、ガチ中華以外の店もずいぶん増えた。往時の寂しさを知っていると、「にぎわい」っていいねと心底思う。
今回私が紹介するのは、ガチ中華以外の和なテイストのスポットも多く回る散歩コース。どれくらい吸引力があるかは未知数だが、よろしければ読んでください。
【コース紹介】
西川口駅西口→ガチ中華密集地帯→西川風月堂→伯爵邸西川口店→西川口陸橋→並木公民館→ふるさと→青木公園→塚越霊園(塚越陸橋)→やきとり次郎→福原薬局前の花屋→西川口駅東口
西川口駅西口からガチ中華地帯を抜けて
京浜東北線西川口駅西口のバスターミナル周辺は、右も左もガチ中華だらけ。メインストリート的な駅前通りをまっすぐ進むと、左手にガラス越しに手打ち麺を打つ姿の見える店や、中華食材や生け簀のある食材店など、いきなりディープな風景を目にするはずだ。
環状線通りに突き当り左に曲がった先には、韓国系ショップや、ベトナムのフォー専門店『mainichi』(うまい!)なども目立つが、その中に埋もれるように和菓子屋の『西川風月堂』がある。ごく普通の和菓子がごく普通においしくて、我が家の定番である。お店の人によると、有名な「風月堂」とは別の独立店とのこと。最近知った小さなトリビアだ。
キムチや韓国食材の『サラン』の交差点を左折してすぐに出てくるのはご覧のビル。
ビルのオーナーさんは最上階にお住まいで、かつて取材でお話を聞いたことがあるが、設計したのはあの異端の天才建築家・梵寿綱(ボン・ジュコウ)。どうしてもと梵さんに設計をとお願いして実現したのだという。池袋にあるいわゆる梵寿綱テイストとはずいぶん違うが、伊豆の長八のような職人技が楽しめて目の保養になる。
その近く、西川口駅6分という微妙な立地に大宮の名喫茶『伯爵亭』の西川口店がある。2023年6月に突如として出現し、SNS等でも騒がれたが、最近はすっかり地元になじんだ感がある。
駅反対側もディープなのだ
西川口陸橋を渡って駅東口へ。
陸橋を降りたふもとを左折していくと並木公民館が見えてくる。このやたらとかっこいい建物は2022年に建て替えられたもの。設計は地元の建設会社とのこと。ひいき目に言うと、ポストモダン建築の薫りが漂っている(気がする)。
駅前からまっすぐ延びるメインストリート「新オートレース通り」の一本左手に平行する小路にも、ベトナム料理店や純喫茶など見逃せないスポットは多いけど、最近の注目株は激安青果店の『ふるさと』。例えば、なすが8本入った大袋で100円代など、ありえない値段を見かける。
その裏にある並木町北公園の周りも、なんか味わい深い。最近できた行列のできる次郎系ラーメン『どでん』もうまくていいが、向かいにある古いスナックが連なる一角を見ていると完全に昭和にタイムスリップだ。
さて、少し足を延ばして青木公園へ。ここは2004年に国体が行われたところで、野球場やプールなどを併設する一大スポーツ施設だが、それらを眺めながら練り歩くウォーキングコースが楽しい。赤い歩行路は弾力があり、膝にやさしい構造になっている。
青木公園からまっすぐ丁張稲荷通りを進み、京浜東北線の線路方面へ。
塚越陸橋手前に古い庚申塚があり、この馬頭観音像がなかなか味わい深い。腰に巻き付いてるのは中尸(しゅうし)、足元に彫られているのは邪鬼でしょうか。
塚越陸橋に向かって右手のたもとには蕨市営の小さな市営霊園「塚越霊園」が。ここでお墓の手入れをする人の姿を見かけると気持ちがいい。
あとは線路沿いの道を通って西川口駅へ帰る。途中、小さいが趣たっぷりの人道橋を横目で見ながら。
ラストは駅前の立ち飲み『やきとり次郎』で一杯ひっかけて帰るのが西川口散歩のお約束。まだ日があるうちなら、外壁のトタンのわびさび具合を鑑賞するのもいいでしょう。
ああ、一つ忘れてた。駅前の『福原薬局』前に露店を出している花屋さんも覗いて行こう。
聞けば、西川口陸橋下の『川口花園』が出張しているのだとか。確かに駅前なら花も売れるでしょう。百花繚乱という言葉は、国際色豊かな街によく似合います。
取材・文・撮影=武田憲人(散歩の達人MOOK編集長)