梱包された物体がアートだというのは私の思いつきでなく実際すでにそういう作品がある。先月(2020年5月31日)84歳で死去した現代美術家のクリストはその先駆者にして巨匠だった。追悼の意を表してここではその話をしてみる。
クリスト・ヤヴァシェフは妻のジャンヌ・クロードと共同で、世界各地の建造物を巨大な布で梱包するという大掛かりなアートプロジェクトを展開してきた。今年パリのエトワール凱旋門を巨大な布で包むプロジェクトを実施するはずだったのが新型コロナウイルスの影響で来年に延期されたので、その完成を見ることなくこの世を去ってしまった。
日本でも1991年「アンブレラ・プロジェクト」の一環で茨城県の国道沿い全長19kmのエリアに1340本もの巨大な青い傘を立てたことで知られる。同時にアメリカのカリフォルニア州に黄色の傘を設置したが、これは太平洋を挟んだ日米両国の文化や風土を対照的に映し出すというまさに地球規模のアートだった。
昔の芸術家は美しい風景を美しい絵に描いたが、クリストは現実の風景に人工物(ちなみに素材は環境に配慮したもの)をあえて介入させることで日常風景そのものを大胆に描き換えてみせた。梱包はその代表的な作風であり、展示期間が終わり梱包を解くことで人びとはあらためて建築や風景の本来の姿と再会するというストーリーだった。
ちなみに日本でも1960年代に鞄や家具や扇風機などの日用品を茶色の包装紙と荷造り紐で梱包したアーティストがいた。じつに赤瀬川原平である。
路上観察愛好家にとっては「超芸術トマソン」の提唱者として知られる赤瀬川が当初は梱包芸術家のひとりだったことに、いまなんとも言えない奇縁を感じてしまう。とくにこの空色のシートで覆われたバス停留所看板は、赤瀬川の初期の作品に通じる無能感(これは全能感の対義語のつもり)の塊だ。テープでぐるぐると巻かれ、見方によってはちょっとボンデージ趣味の怪しい佇まいに思わず足が止まる。
見ると張り紙にはバスルート変更の実証実験のため1ケ月間運用を休止しますと断り書きがある。包まれることで一時的に機能を封印され役立たずにされたバス停。ひと月後にはまた普段通りにバスはここに停車するだろう。
あらゆるものは梱包され荷解かれることで死と生を繰り返す。後日宅配便の箱を開けるときにふとそんなことを思った。
文・写真=楠見清