鰹のきいた独特なツユ
都内で立ち食いうどんといえば、やはり『おにやんま』が有名だろう。言わずとしれた、讃岐うどんの人気店だ。讃岐うどんは現在の主流ともいえるスタイルで、喉越し良い麺といりこを使ったツユが特徴。しかし、新小岩にある『うどん鈴木鰹節店』は、それらメインストリームのうどんとはちょっと違う。
最大の売りはツユ。店名のとおり、鰹の風味がしっかりきいているのだ。うどんをすすりあげると、脳を刺激する香りが一気に立ちあがり、口の中にはコク深い旨味が広がっていく。かえしがキリッときいているのも関東人の自分にとってはなんとも据わりがよく、思わず「うめえ」と呟いてしまう。
『うどん鈴木鰹節店』の経営は、千葉県鴨川市にある店と同名の鰹節問屋『鈴木鰹節店』。それだけに、ダシに使う鰹節はかなり踊っている。その鰹をベースに煮干し、昆布を合わせたダシの味わいは、関東の味ど真ん中という感じだ。
その問屋『鈴木鰹節店』は、なんと明治20年創業。立派な老舗がうどん店経営に乗り出した背景には、コロナの影響があった。
鰹節問屋が飲食店に進出したワケ
問屋『鈴木鰹節店』は、もともと千葉県や都内あちこちのそば店に鰹節を卸していた。しかし、コロナ禍で商売を閉じてしまう店が続出。その状況に問屋『鈴木鰹節店』の五代目、鈴木洋平さんは商品の新しい出し方はないかと、飲食店を始めることを決意した。
一方、『うどん鈴木鰹節店』の現店主、松崎芳洋さんも、コロナの影響を受けていた。もともとは長くイタリアンの飲食店で働いていたのだが、コロナ禍で店がクローズしてしまったのだ。鈴木さんと松崎さんは、もともと中学の同級生で、卒業後も交流があった。店を始めたい鈴木さん、店を失った松崎さんがコンビを組み、『うどん鈴木鰹節店』を立ち上げたのだ。
新しく店を始めるのに、そばではなくうどんを選択したのは、松崎さんの判断だった。イタリアンの仕事をしているときに、意外とそばアレルギーの人がいることに気づいたのだ。立ち食いなのも、誰でも気軽に入れるようにと。子どもから大人まで、できるだけ多くの人に食べてもらいたいという考えから、立ち食いうどんというスタイルを選んだのである。
ツユを存分に楽しめるうどん
うどんの開発にも、イタリアンでパスタを扱っていた経験がいきている。ツユが絡みやすいように、平打ち。さらに表面はざらつきが出るようにしている。自慢のツユを存分に楽しめるようになっているのだ。このうどんについては、まだ試行錯誤が続いているという。さらなる進化に期待しよう。
そして、開発に一番苦労したのがツユ。ツユ単体でおいしいだけでなく、うどんを入れ、うどんを食べるときに一番、いいバランスになるよう、ダシの配合を細かくチューニングしたという。
結果、出来上がったうどんは、オリジナルでありながら、素晴らしい味わいを持つものになった。鰹節以外にも千葉産の食材をふんだんに使っているので、店では「房州うどん」をうたっている。「房州うどん」なるものはまだ『うどん鈴木鰹節店』だけでしか出していないが、立派なブランドになれるだけのポテンシャルは、十分にある。
まだ始まったばかりの店ということもあり、試行錯誤は続いているが、松崎さんは今後、新しいメニューも増やしていきたいという。将来的には店舗も増やしていきたいとか。生まれたばかりの「房州うどん」……これはくるかもしれない。
取材・撮影・文=本橋隆司