表紙画:山口晃「東京圖(仮)」2018~(部分/制作中) カンヴァスに墨、油彩、水彩、アクリル絵具 164.5 x 260 cm 撮影:宮島径 ©︎YAMAGUCHI Akira, Courtesy of Mizuma Art Gallery

山口 晃 YAMAGUCHI Akira

画家。1969年東京生まれ、群馬県桐生市育ち。2013年第12回小林秀雄賞受賞。大和絵や浮世絵を思わせる伝統的な絵画の様式を用い、時空を混在させ緻密に描き込む作風で知られる。東京2020公式アートポスター制作アーティストに名を連ねる

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──この作品は大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺ばなし~』のオープニング(タイトルバック)のために描かれた作品ですが、未完成と聞いて驚きました。描き始めたのはいつ頃ですか。
山口

2018年の7月です。真っ白い部分がほうぼうに残ってまして……。映像を見たら、すごいんですよ。地味なところや白いところは雲を散らしたり、彩度を上げたり、何より、動くんですよね(笑)。どう転んだって動かないですから、こっちは。

──逆に、初めて全体を拝見して、色彩も含めて実際のスケール感に驚きました。東京全体を見ると、1 月号の特集エリアの空間の特殊さもよくわかります。
山口

私、明治神宮のあたりに対する知見は一切ないんですよ。明治神宮に行ったのも一度くらい。国立競技場、絵画館は外から見るだけ、通り抜けるだけ。私はこの画面下の、広尾の日赤で生まれたんです。堀田備中守の屋敷のすぐ下に外苑西通りがあって、裏が昔の道なんです。川が通ってて、ここにうちの親が勤めてた福田会宮代学園っていう未成年の子供さんを預かる施設があって。

──山口さんは主に群馬の桐生で育ったそうですが、東京にいたのは何歳ごろまでですか?
山口

3つになる前くらい。でもいとこがいましたので、季節季節に出てきてました。東京は心のふるさとですね。この坂の下に米屋と八百屋と、肉屋もあったかな。父親に聞くと映画館もあったと言ってました。昔はどこの町内も一緒で、大きい店はなかったですよね。すごく小さい範囲で済むようになってる。東京は広いんじゃなくて、小さい単位が際限なく増えて、ひっついちゃったという感じですね。

──この絵ではその様子が可視化されていますね。2枚が少しずらして描かれているのは……。
山口

2枚組にした意味を出したくて。……苦し粉れですね(笑)。右が上がった形で展示するんです。最初は細かく描きすぎちゃって、慌てて大きく描いたら縮尺がおかしくなって、それが面白かったんですね。それに飽きると今度は描き飛ばすのが面白くなったり。

──白い部分はどうされる予定でしょうか。
山口

せっかく白いんで、塗り残せば雪景色にもなるとか、不吉にも見えなくもないしと。急に白いと意味ありげじゃないですか。本所のあたりはたまたま描くのが面倒で残しといたら、空襲の焼け跡みたいで……。最初はもっとこう、墨でグラデーションをきかせて妙な空間をつくろうと思ったのを思い出しましたんで、まだちょっといじろうかなと思っています。

空想の競技場と五色の風船

──これまでの山口さんの作品でもさまざまな時代が同居しているものはたくさんありますが、見知った街の個々の要素が違う時間軸が描かれていると不思議な気持ちになります。特集エリアのあたりも、陸軍大学校があり、戦後にできた代々木公園もあり。この外苑の競技場は……?
山口

これはほぼ自分の空想で、でっかいすり鉢としての競技場を描いたんです。とにかく手を入れてない、風で飛んできた明治神宮の木が勝手に芽吹いて木をだして、トラックの真ん中に木があるんですね。走ってる人が、気をつけないとぶつかる(笑)。そういうのがいいなと。

──いい空間ですね。でも形は初代の競技場に似ているような気がします。神宮外苑の木々は内苑を造るときに残ったものを使ったという記録もあるので、不思議です。
山口

植生にビオトープ的性格もあったらしいですね。昔、絵画教室の生徒さんで、生徒さんといっても私よりずっと年上の方ですが、学徒出陣を見送ったという話をしてくださったことがあって。「雨の中、見送るよりほか何もできなかったのが今でもなんだか悔やまれて悔やまれて……」と。それでちょっと上に何かやっときたいなって思って。見えますかね? 風船が五つ、五輪の色に染められてまして。権利関係で五輪のマークは使えないので、風船がそんな色になるのはいいかなと。これは風船爆弾なんです。両国の国技館で戦時中、風船爆弾を作ってたんですね。両国から飛んだのが、この競技場の上で五輪のマークを形作るというですね。まあ、見る人が見たらこのプロポーションでわかると思います。

──爆弾とは気づきませんでした……。でも、東京はどの場所にも、何かしら戦争の痕跡がありますね。
山口

江戸の基本は防衛都市なんですよね。諸大名に攻め込まれないように、総郭を堀で隔てて見附を橋頭堡にして、都市の外縁に寺院をあつめて防火壁をつくるっていう。その性格は明治政府も引き継いで、基本的には軍都でしたよね。

都市構造の変化と疑似セントラルパーク

──昔の地図を見ると軍事施設の多さに驚きます。
山口

徐々に軍事施設が押しのけられてその土地に商業ビルが建って、何より人間が増えたんで、どんどん住宅が建って……。グランドデザインが、セントラルパークと住宅地っていうのに向かない。広い土地があると、すぐ小間切れになっちゃう。それでもいくつかは緑地として残った。この明治神宮周辺みたいな疑似セントラルパークになってるエリアは貴重ですね。

──このエリアも高いビルが増えつつあります。鳥瞰図は高層ビル的な視点ともいえますか?
山口

やってみてわかるのは、鳥瞰図は高い視点のようでいてせいぜい2階か3階なんです。日本の家は屋根が斜めですから、地面から全部見えるんですよね。だから要素としては、地面にいながら知ってるんです。結果的に見知った地図的な認知と、水平面からの記憶が合致された記憶の総体がこれなんです。

──この作品のために、初めて歩いた場所もありますか。
山口

歩いた地域と、地図に頼った地域とあって。歩かない楽しさもあるんです。描いてから歩くと、「あっ、ここ坂だったんだ!」とか、全然違う。半ば絵のほうが現実になってるんで、現実に裏切られていくパラレルワールドのような怖さっていうんですかね。ある程度集中して描いたからこそ起きる気持ち悪さ、不思議さで楽しいんです。

──歴史の知識も相当ないとこうはならないと思うのですが、普段から調べているのか、描くために調べるのかというと?
山口

調べるの楽しいんですよ。学者さんがなんであんな貧乏しても商売やめないのかなっていうと、あれは金を払ってでもやりたい仕事なんじゃないかっていうね(笑)。

──事実を掘り起こすだけで、見えてくるものがありますね。
山口

単純な事実の掘り起こしをやるだけで批評性は出るんですよね。そのへんは淡々とやって、あとはどのくらい塩梅を変えてあげるといいのかな、と。歴史の中で街の性格が変わるタイミングがバッ、バッ、と何回かあって。変わった後は一様の街の面しか見えないんですけど、その波のいろんな部分をどう絵にふるかっていうのを考えるのは楽しいです。目を動かすだけで時代が100年400年経っているっていうのは、動かない絵だからできる。

──完成はいつ頃の予定ですか。
山口

2020年中には……。

──それまでに東京もまた変わっていきますね。
山口

ドキドキしますね……。

取材・文=渡邉 恵(編集部) 撮影=三浦孝明
『散歩の達人』2020年1月号より