田端駅 南口

田端駅全体の乗降客数4万7440人。北口駅前にはJR東日本東京支社がある。南口入り口の石畳は同時代築の築地市場の床面と同じ造りだ。

山手線の中で最も秘境感ありなのが田端駅南口だ。崖の中腹に赤い屋根の駅舎がポツン。30 余年前、初めてこの駅舎に気づいた時は驚いた。その頃は駅員が改札窓口にいて「山手線でも一番利用者が少ない改札口です」と笑っていた。

崖の上には商店少々のほか、当時は駅前旅館もあったので泊まってみた。宿の窓からは在来線ホームに新幹線、広大な田端操車場一望の絶景。「鉄道が荒川近辺から都心への標高差対策に地質の堅い高台の中腹を削って線路を敷いた」と地質学者から聞いたことがある。だから電車は崖にへばりつくように走るのか、と実際に見て納得した。以来、私はこの地が大好きになった。そもそも田端駅は山手線で3番目に乗降客数が少ない駅だが、南口の閑散ぶりの理由を、知り合いの高台南端にある開成高校卒業生は分析する。「地下鉄千代田線開通で1971年に西日暮里駅が開業したからです。それまで多くの生徒が田端駅南口から通学しましたが」。

それでも南口は「停車場への急坂が雨の日は下駄では難儀だ」と大正時代に友人への手紙でこぼした作家・芥川龍之介をはじめ、高台の住民には便利で、文豪ゆかりの大切なお勝手口なのだ。

高田馬場駅 戸山口

山手線では乗降客数が21万1687人と8番目に多い。

高田馬場駅のひっそり改札口も気になる。南端の戸山口は低いガード下だが、よそ者にはわかりにくい。ガードの西側に至っては何の表示もないJR高田馬場駅の乗降客数は上野駅より多い。「その人たちに存在を気づかれたくない」とばかりに戸山口は息を潜めているみたいだ。

線路に届きそうな低いガード下に潜む戸山口には極小袖看板が。

浜松町駅 金杉橋口

駅舎は街の歴史を刻み込んで変身し続ける

右に線路、頭上はモノレールに囲まれて3階分の高さを一気に上る金杉橋口。再開発工事で左側の道路が通行止め。その奥にあった南口出口が閉鎖されたために金杉橋口に乗降客が殺到する事態になった。

一方、浜松町駅には気になる看板が。南口改札を出ると頭上に駅員手づくり風の看板、足元には学校の廊下みたいな進路を分ける線。何だこれ?
地元の屋形船と天ぷら料理店『綱長』のご主人曰く、「すごいよ。狭い金杉橋口の階段に朝夕の通勤客が殺到して反対向きに昇降できない。うちの客も駅からなかなか来られない」。

浜松町駅に南口改札と南口出口ができたのは1965年。やがて駅東側の東京ガスや東芝の工場がビルに変わり、1980年代初頭に通勤客向けの長い跨線橋が造られた。南口改札を出て直進で突き当たり左が幅広の跨線橋、金杉橋口は突き当たり右側にできた。その辺は以前、住宅や商店も多く、『綱長』のある古川沿いなんて漁船や釣り船、屋形船が係留された漁師町風情。だから金杉橋口は文字通りのお勝手口だったのだ。

だがいつしか一帯もビル林立で人通り増加、今回の再開発工事で南口が閉鎖されて激混みに。改札口頭上の黄色い看板は、生クリームの絞り袋みたいになった階段への注意書きだったのだ。

大都会の駅は街の成長と共に変貌し続ける。だからこそ、お勝手口のある奇跡の風景がますますいとおしいのだ。

取材・文=眞鍋じゅんこ 撮影=鴇田康則 取材協力=田端文士村記念館 北区立中央図書館「北区の部屋」 港区立郷土歴史館
※乗降客数はJR東日本「駅別乗車人員(ベスト100)2018年度」を参照。
『散歩の達人』2020年4月号より