茶の“個性”と向き合ってほしい。そのために取ったのは、産地や茶種で分類しないという選択

京都・四条通のすぐ裏手を歩いていると、ふと飛び込んでくる「抹茶ラテ」の文字。茶葉販売店『7T+(セブンティー プラス)』のその看板を目にし、「京都といえばやっぱり抹茶だよね」と嬉しそうに店の扉を開ける人々の姿は、想像するに容易いものでしょう。しかし、ひとたび足を踏み入れれば、そこには京都=抹茶に留まらない広大なお茶の世界が待っています。

「お飲みものですか? 茶葉をお買い求めですか?」

落ち着いた風合いのドクターコートに身を包み迎えてくれたのは、店主のナカノ ケンジさん。ここ『7T+』は約80種類もの茶葉を販売する、いわば“お茶屋さん”です。とはいえ、店内には茶袋が陳列された商品棚はほぼ見当たらず、代わりに中央にあるのは、シャーレのようなガラスケースでびっしりと埋め尽くされたカウンター。

「入口側が『緑茶』と呼ばれるいわゆる不発酵とされるお茶で、奥に向かうにつれて『白茶』『青茶』と酸化発酵度合いが高くなるよう並べています。どうぞ手に取っていただいて、気になるものはご説明しますのでお声がけください。

……なんていうと、皆さんあっけにとられてかたまってしまうんですけどね(笑)」

やわらかなもの言いで笑ってみせるナカノさん。思いがけない光景と聞き慣れない言葉の数々に、思わず立ち尽くしてしまうお客さまも多いのだとか。

“京都のお茶屋”ではあるものの、『7T+』は宇治茶専門店でもなければ、日本茶だけを扱っているわけでもありません。中国や台湾の烏龍茶に紅茶、ノンカフェインフラワーティーなど幅広い茶種をそろえます。

もちろん、先ほどのガラスケースに入れられているのはすべて茶葉。日本人には馴染みのないユニークな色や形状のものも多数あり、ハッキリと葉のかたちが残ったもの、黄色みを帯びた粒状のもの、乾燥した果実の皮の中に茶葉が入ったものなど、「お茶」がこんなにも多種多様であることに驚くことでしょう。

しかし、いざひとつ手に取ろうとすると、値段はおろか、商品名、品種名、産地名、生産国、そして味の説明すら何も示されていないことに気づきます。

その理由を、目で見て・香りをかいで・飲んで味わって・そして生産者のストーリーを知って……、茶葉ひとつひとつの“個性”と向き合ってお茶を選んでほしいからだと話すナカノさん。

それから「日本人は本当の意味でお茶のことを知らないから」とも ——。

「確かに、日本人の暮らしのそばにはいつもお茶がありました。でも茶葉を買う時には、ただ『宇治茶』『静岡茶』『八女茶』などと産地名でラベリングされ画一化された中から、用途に合わせた価格だけで選ばれてきたのが現状です。本当は、『誰が、どんなふうにつくった、どんな味と香りのお茶なのか』、ひとつひとつ異なるはずなのに何も知らない、知ろうとすらしてこなかったのです」

急須がなくても淹れられることを知ってほしいと、試飲はあえてガラスタンブラーを使用。
急須がなくても淹れられることを知ってほしいと、試飲はあえてガラスタンブラーを使用。

だからこそ、産地名でも品種名でも値段でもなく、純粋にそれぞれの茶葉の特徴を感じ取ってお茶を選んでほしい。知っているようで知らなかったお茶に、もう一度出会える場所にしたい ——。ナカノさんはそんなメッセージをここから伝えたいといいます。

生産技術が国境を超えた今、国や産地によるラベリングに正解はない

その中で、『7T+』が提案の軸にしているのが中国に伝わる六大茶分類法です。発酵や火入れ、揉捻の度合いといった製法と品質によって茶を基本の6種に分ける考え方のことで、「緑茶」「白茶」「黄茶」「青茶」「黒茶」「紅茶」と色の名前で表されたもの。

『7T+』では、さらに独自の「茶外茶・花茶(玄米茶、麦茶、マテ茶、ルイボスティー等)」を加え、計7種で個性を表現しました。各種を代表する製法でつくられた茶の中から、厳選した生産者の茶葉をラインナップ。ひとつひとつの特徴やつくり手のバックグラウンドをていねいに伝えながら、カウンセリングを施すようにお客さまひとりひとりに合ったお茶を提案します。

日本茶インストラクターのほかに、中国の国家資格でもある評茶員の資格を持つナカノさんは日本茶と中国茶のプロ。約20年にわたり中国茶の買い付けを行う。
日本茶インストラクターのほかに、中国の国家資格でもある評茶員の資格を持つナカノさんは日本茶と中国茶のプロ。約20年にわたり中国茶の買い付けを行う。

また、あえて日本茶に絞らず中国茶や台湾茶を扱うことにも理由が。

「ワインやコーヒーなど、今やあらゆる分野で、産地や原産国といった名前ではなく、個の生産者の創意工夫が評価される時代になりました。お茶にも同じ流れが来る」と、ナカノさん。

たとえば現在、世界中に3000はあるともいわれる茶種ですが、その中には、抹茶や烏龍茶のように各国で古くから受け継がれる伝統製法でつくられる茶がある一方、他国で培われた技術を自国の文化に取り入れたものや、斬新な発想で生み出された新種も。さらには、中国で抹茶がつくられていたり、南半球のオーストラリアで秋出荷の新茶の研究が進められていたりと、生産技術は地域や国境を超え、進化・多様化は衰えることを知りません。

そんな今、「日本茶」「中国茶」「インド紅茶」などといったラベリングは意味をなすのでしょうか? これからは、茶葉ひとつひとつに表現された“個性”を楽しむ新しい時代。だからこそ、ボーダーレスなお茶の選び方を提案したいのだと話してくれました。

自分の中に羅針盤ができれば、1杯のお茶から世界は大きく広がる

お茶を個性で選ぶ ——。それは、きっとお茶の文化的な楽しみ方であり、最大の贅沢のひとつ。

「さまざまな味、香り、水色、質感のお茶を飲み重ねるうちに、自分が好きな要素や苦手な要素に気づくでしょう。経験を積むほどに感じるものも多くなりますし、理解も進む。すると、自分なりの“お茶の羅針盤”がつくられ、ふとした瞬間に見える世界が大きく広がります。

たった1杯のお茶からたくさんのことが得られるようになり、今までとは比べものにならないほど豊かな時間をもたらしてくれるはずです」(ナカノさん)

とはいえもちろん、最初は誰だって初心者。だからこそ、身近なきっかけから気軽に店の扉を開いてほしいと、「京都といえば」の抹茶ラテに想いを託しているのだそう。

うじひかりの「抹茶ラテ」。抹茶は5つの単一品種から選べる。できるだけ間口を広げたいと、あらゆる宗教やアレルギーの人にも楽しんでもらえるようオーツミルクを使用。
うじひかりの「抹茶ラテ」。抹茶は5つの単一品種から選べる。できるだけ間口を広げたいと、あらゆる宗教やアレルギーの人にも楽しんでもらえるようオーツミルクを使用。

最初の接点は抹茶だったとしても、「普段はどんな飲み物を飲まれるのですか?」「ご来店いただいたきっかけは?」と、ナカノさんの問いかけに2、3言葉を返すうちに、きっと興味がわく茶葉が見つかるでしょう。

お茶の好みを誰かと語れる日常を、京都から

最後に、ナカノさんがここ京の地からお茶の新時代を発信する理由を「京都は日本の茶文化の中心地だと考えているから」と教えてくれました。

煎茶をはじめ、玉露、抹茶、ほうじ茶など、今の日本茶の土台となる製法を生んできた京都・宇治。もちろん茶葉の生産量でいえば鹿児島や静岡に遠く及びませんが、茶道や茶菓子の発展にも貢献し、「伝統と革新の地」との異名を持つこの地は、古きを守り新しき時代を発信するのにふさわしい場所だといいます。

「いつか、自分を表すパーソナリティのひとつとして、お茶の好みを語ったり誰かと議論したりすることが日常になるといいですね。日本にもう一度茶文化を取り戻し、ここ京都からまた新しい文化に進化させていきたい。『7T+』がその足がかりになれれば」

『7T+(セブンティー プラス)』

京都府京都市下京区塩屋町73-1
075-708-7199

写真・吉田浩樹 文・RIN (Re:leaf Record)