なぜってあなた、我々の仕事は「歩く」こと。

「走れる」靴なら、「歩ける」はず。

つまり、この靴が散歩業界でセンセーションを巻き起こす日も、そう遠くないかもしれないのだ。

ならば、まずその第一歩として、実際に歩いてみなくてはならない。その効果を実証する必要がある……。

そんな使命感に駆られながら『散歩の達人』最新号を手に取れば、特集は「山手線さんぽ」。ページをめくると、山手線を歩いて一周する企画のページがあった。

実は筆者、4年前に山手線を歩いて一周した経験がある。歩行距離約40km、歩行時間10時間、休憩含め12時間。1日がかりのチャレンジであった。

いくら歩くことが好きとはいえ、スポーツマンでも登山家でもない一般人がこの距離を歩くと、足が棒になるどころの騒ぎではない。30kmを超えたあたりからふくらはぎが痺れて感覚がなくなり、意識も朦朧として、終盤は限界突破しハイになっていた。二度とやるものかと思った記憶がある。

しかし、だ。ナイキの厚底シューズがあれば、あの拷問のような挑戦も朝飯前なのではないだろうか。もしそうとなれば、「走れる靴なら歩ける」説の完璧な立証になり、世界の散歩好き達に夢を与えることができる。

そう考えた私は、ナイキのオンラインショップで、ポチッとやってしまった。かつて一度死にかけたというのに……喉元過ぎれば何とやら、というべきか。いや、007は二度死ぬ、と言っておこう。夢の力は凄まじい。

検証という名の、命を懸けたミッションが始まった。

金曜日の午前7時。JR神田駅の北口に降り立った私は、ジーパンを履いてリュックを背負った、いつも通りのおさんぽルック。足元だけがいやに眩しい。

購入したのは「ズーム ペガサス ターボ2」。ニュースで見かける蛍光ピンクの「ヴェイパーフライ」は、このくだらん企画1本のためには少々高価で手が届かなかったのだ。

しかし、この「ペガサス」もソールは十分厚い。中に詰まった合成繊維が反発力を生んだり衝撃を吸収したりというのが肝らしいが、なるほど履き心地はフワフワとしていて気持ちがいい。奇しくも、4年前の挑戦時もナイキのスニーカーを履いていたが、それと比べるとかなり軽くて足にフィットしている。うっかりするとスキップしちゃいそうだ。

余裕しゃくしゃく、神田駅~高輪ゲートウェイ駅

7:15、レンガのガード下に沿って南下を開始。基本的に地図は使わず、なるべく線路の脇を歩くというのが基本的なルールだ。

7:34、東京駅。ひと駅15分なら、単純計算すると30駅は7時間半で踏破できることになるが、そううまくは行かないところが、このチャレンジがチャレンジングたる所以である。

東京駅と有楽町の間。いかにも「ぐるり」している感じがよい。

7:46に有楽町駅、7:59に新橋駅に到着。お腹が減ったので、新橋駅前ビル1号館地下の立ち食いそば屋『おくとね』に寄り道して朝ごはんにする。

舞茸そば460円。マイタケのかき揚げが予想以上のうまさ! 頬張りながらニヤニヤしてしまう。

道端に腰かけて朝食後のコーヒーを啜りながら、行き交う山手線を眺めてしばし休憩。浜松町駅に近づくにつれ、線路脇の雰囲気も変わってきたのが分かる。9:09に浜松町駅、9:29に田町駅を通過した。

このあたりは、山手線一周挑戦者にとって難所のひとつと言っても過言ではない。駅間の距離が長く、景色もあまり変わらないために、心が折れやすいのである。

しかし、この春からは難所ではなく名所のひとつになる。新駅が開業して「山手線で最長の駅区間距離」ではなくなったからだ。

では、できたてホヤホヤの駅の全貌をご紹介―—と行きたいところだが、実はこの挑戦を敢行したのは3月13日。高輪ゲートウェイ駅開業の前日である。この日は、仕方がなく遠くからその姿を眺めるに留まった。

まだまだ楽しい、品川駅~渋谷駅

9:56に品川駅を通過。次の大崎駅には、忌まわしい思い出がある。

新宿駅をスタート&ゴールに設定した前回の挑戦では、開始から9時間近く経った頃このあたりに差し掛かった。

そこへ悪魔が忍び寄ってきて、耳元で囁くわけだ。

「大崎駅、とばしちゃえば?」

縦に長い楕円形の山手線で、ムンクの顎よろしく南に突き出ている大崎駅は、山手線一周挑戦者にとって鬱陶しいったらありゃしない。

日が暮れてきたもののゴールまではまだ8駅も残しており、田町駅〜品川駅間の退屈な長さもあって、かなり弱気になるタイミングだった。品川駅から西に向かってムンクの顎をショートカットし、五反田駅に向かっちゃうという作戦は、あまりに魅力的。

当時の私は「ここで諦めて電車に乗るよりまし」という言い訳を以って悪魔の誘いに乗り、線路に別れを告げて高輪の住宅街に足を踏み入れたのである。

しかし、地図を見ずに「だいたいこっちだろう」と歩いたのが間違いだった。電車の音が聞こえはじめ、駅が見えてきて歓喜したのも束の間、現れた駅は「大崎駅」だったのである。そうと分かったときのぞっとする感覚は、今も忘れられない。「ひと駅とばす」というインチキをしでかした私に対して下された天罰は、「とばしたはずの駅に着いちゃう」ことだったのだ。

今日はそんな小賢しい真似をする気などないので、堂々と線路脇を歩いて大崎駅をしかと参拝し、時折見かける桜に目を細めながら五反田駅に向かった。

目黒川の脇を歩ける時間は短いが、山手線一周コースの中では屈指の、心が和むポイントである。

目黒川と山手線が交差する上目黒川橋梁。ここで、目黒川には別れを告げる。10:35、五反田駅を通過。

目黒駅と恵比寿駅の間で、踏切を渡る。歩行者のみで自動車は渡れない、こじんまりとしたかわいらしい踏切だ。

ガーデンプレイスから恵比寿駅までの「スカイウォーク」は、頑として動く歩道には乗らず、しかめっ面でその脇を歩く。11:28に恵比寿駅、11:49に渋谷駅を通過。

そろそろ歩く動作に飽きてくる、原宿駅〜池袋駅

12:35、原宿駅を通過。3月20日、木造の旧原宿駅は96年の歴史に幕を下ろした。

東京の西側エリア在住の筆者にとって、渋谷駅〜新宿駅間は普段の休日でも歩くことがある勝手知ったる道だ。

13:01通過の代々木駅は、神田駅から数えて15駅目。駅の数だけで言えば今日の行程の半分を消化したことになる。

13:12に新宿駅、13:24に新大久保駅を通過。

新大久保駅〜高田馬場駅間は、広くて綺麗な道路ができつつあった。カフェオレ専門店『Cafe au lait Tokyo』で長めの休憩を取り、14:13に高田馬場駅、14:27に目白駅を通過。

14:45に池袋駅を通過した後、突如、目の前を眩しいほど赤いバスが追い越して行った。イケバスだ! 年甲斐もなく、思わず走って追いかけてしまう。近くにいたゴツい兄ちゃんが、女子高生のように「カワイイ〜!!」と声を上げていた。同感である。

こんにちは。さんたつ編集長の武田です。皆さんイケてますか? イケてますよね。というわけで、乗ってきましたイケバス。イケバスご存じですか? え、知らない? それはもったいない。この記事読んでイケバスに乗れば、きっと池袋のイメージが変わること間違いなし! 2019年11月27日に走り始めたイケバスのレポートをお届けします。

乳酸がじわりとあふれ出す、大塚駅〜鶯谷駅

イケバス遭遇の興奮が冷めてきた頃から、がくんとペースが落ちた。時計を見ずともそれが分かる、全身にのしかかる疲労感。歩行開始から約8時間、20駅、ざっくり25kmほど。正念場である。

だが私は冷静だった。足は痛くない。疲れてはいるが、長時間歩き回った後の、足の裏がジンジンするような感覚はまだやって来ない。リュックがやけに重く感じることだけが気になるので、あまり減っていなかった飲み水を捨ててみたりする。

15:13に大塚駅、15:35に巣鴨駅、15:47に駒込駅を通過。このあたりは、山手線を見下ろしながら歩ける場所が多い。

16:28、山手線の最北端である田端駅を通過。進行方向のやや東側にスカイツリーが見える。あとは7駅分を南下するのみとなったわけだ。

16:43に西日暮里駅、16:53に日暮里駅を通過。この辺りは高低差が激しいが、歩き疲れている時の階段や坂道はかえってありがたい。平坦で変わり映えのしない道が最もこたえるからだ。

谷中霊園の近くで、すっかり花開いた桜に出会った。この色の濃さが目に染みる。

寛永寺の敷地越しに見るスカイツリー。カラスもお家に帰る時間だ。17:24、鶯谷駅を通過。

風呂とゴールを目指す、上野駅〜神田駅

上野駅の手前、両大師橋から進行方向を望む。空も黄昏色に染まり始めた。

上野公園のベンチに腰掛け、改めて『散歩の達人』に目を通すと、いくつか紹介されているスポットのひとつに御徒町の『燕湯』があった。ここで28駅分の汗を流し、最後のふた駅にラストスパートをかけてゴールテープを切らんというわけだ。うーん、名案!

一度そうと思うと、お風呂に飛び込むことで頭がいっぱいになり、ほぼ小走りで上野駅を通過した。17:35。

上野駅から望む夕焼け。
上野駅から望む夕焼け。

アメ横の賑わいもお風呂の誘惑には敵わない。特に寄り道せず通り抜けてしまう。

17:52、そそくさと御徒町駅の写真を撮り、早速『燕湯』に向かう。ハンドタオルしか持っていないが、『燕湯』はタオルをレンタルできて、石鹸やシャンプーの類も備え付けがあるというからありがたい。

しかし、ここのお湯、聞いてはいたが恐ろしく熱い。じっくり浸かって疲れを取るというよりは、熱湯にくぐらせて霜降りをしただけの魚の切り身状態である。

しかし、こういう下ごしらえが仕上がりに効いてくる。『燕湯』を出て再び歩き出した時にはすっかり気分爽快で、足取りは今日一番の軽快さであった。

18:35、秋葉原駅を通過。

神田川を渡る。すっかり日が暮れたが、行く手にぽつぽつと神田駅前の明かりが見えてきて浮き足立つ。ここからほんの数百メートル南側をスキップしそうになりながら歩き出したのは、約12時間前のことだ。

18:47、神田駅に到着。

スタートから11時間42分、山手線30駅を踏破。実は、歩数と歩行距離をカウントできるアプリを用意していたのだが、新橋駅付近で止まってしまい作動していなかったために正確な数字を記録できていない。しかし、重要な点は他にある。

果たして、余裕だったのか

スタート地点に戻ったことだし、本題に立ち返って結論を出そう。「走れる靴なら歩ける」説は、立証されたのか。

検証結果としては、やはり「歩ける」ようだ。疲れはあれど痛みはほぼなく、休憩を含めた総合タイムも20分ほど縮んでいる。

無論、ナイキの厚底シューズ以外にも、前回挑戦時と比べて条件・状況の差異があったことは認める必要がある。

マイナス要因としては、励まし合う友人がいなかったこと、思いのほかカメラが(重量的に)重荷だったことが挙げられる。プラス要因は、二回目だから心の余裕があったこと、銭湯というご褒美があったこと、何より「この靴を履いているからいけるはず!」という偽薬効果のような側面もなかったとは言い切れない。つまり、おおむねプラマイゼロか。

なにより、前回の挑戦後の感想は「二度とやらない」だった。今回は違う。楽しかったし、なんならまた挑戦してもいいかも、なんて調子のいいことを考えている。

ひと駅進むごとに街の様相が変わり、めくるめく展開を丸一日楽しめる。持久力を問われる緊張感と、円を描き切ったあとの達成感。そんな山手線一周さんぽの、心強い相棒になってくれる靴だったのだ。

12時間ぶりの電車に乗り、フワフワした厚底を一歩一歩踏みしめながら、満ち足りた気分で家路に就いた。

文・撮影=中村こより(編集部)