JR御徒町駅の北口を出てすぐ左の、高架下にある居酒屋。赤と青のネオン管で『本格焼酎の店 金魚』と書かれた入り口は、レトロな喫茶店のような佇まいだ。店内は天井が低く、小ぢんまりとした雰囲気。しかし、そこからが想定外に広かった。
店内奥の右手には、うなぎの寝床のような細長い廊下が続き、その左右に1席ずつ客席が並んでいる。さらに、その奥にはレンガに囲まれた隠れ家のような1室がある。全体で65席もあるのだ。
「初めてのお客さんからは『入ろうと思って外から見たら、なんだか混んでそうだからためらった。でも、入ってみたら広くて驚いた』とよく言われます」と、店長の福本和憲さんは笑う。あっと驚く奥行きの広さ、そこがまた魅力のひとつだ。
姉弟で営む焼酎居酒屋
2003年、福本さんとお姉さんの歌田憲子さんの二人で開業。出身地は九州なので、2000年代の焼酎ブームで良い焼酎が手に入りにくくなる前から、地元の独自のルートでレアものの焼酎を手に入れてきた。だから、焼酎のラインナップは圧巻だ。麦、芋、米、黒糖、粟など様々な種類の焼酎、約80種類を揃えている。おすすめは鹿児島県産の薩摩おごじょ550円。手間暇をかけて、古来より伝わる製法で造った風味豊かな焼酎だ。ほかに佐藤 黒850円や栗焼酎のダバダ火振(ひぶり)550円など、焼酎ファン垂涎のものもメニューに並ぶ。
オープン当初は立ち飲みで、支払いもカウンターで済ませるキャッシュオン方式だった。現在は後払いだが、今でも奥の1室を除き、テーブルが高めに設置されているのはその頃の名残。
熟練の料理人が作る料理
「料理に関しては、オープン当初は素人のおばちゃんたちが作ったいわゆる家庭料理を出していました。それが開店1年以内に方向転換をして、プロの料理人を入れて本格的な料理を出す店にしました」と福本さん。
営業時間も当初は普通にランチ営業をして休憩時間をとり、また夕方から営業していた。しかし料理の仕込みの時間を考えると、ランチ営業はどうしても負担になってしまう。そう考えて、ランチはやめて夜の居酒屋のみの業態にしたという。料理人は現在3名。すべて料理屋の料理長を経験した熟練の板前ばかりだ。素材も国産のものをなるべく多く使用する本格派だ。「料理のクオリティには自信があります」と福本さんは話す。
今回は、そんな料理3品にドリンク1杯が付いて950円というお得な「金魚セット」を注文。ドリンクはビールか同価格帯の酒から選ぶ方式で、料理はおまかせだ。この日の1品目はきくらげと百合根の柚子味噌。キクラゲのコリコリとした食感が楽しく、ユズの香りが香ばしい。2品目のサーモンとイカの酢のものは、干し柿を練り込んだ味噌でいただくコクと甘みのある一品だ。3品目の刺身は、脂がのったブリ。とりあえずの1杯には、贅沢すぎる品揃えだ。1000円でお釣りがくるというお得感もあって人気が高い。
そのほか、鹿児島産キビナゴの一夜干し500円や長崎剣先スルメ500円など、焼酎に合う九州の珍味を揃えている。さらにぬか漬けは、40年以上大切に守り続けてきた糠床で漬けた自家製。店主の歌田憲子さんが丹精込めて作っている家庭の味だ。そんなおかあちゃんのぬか漬け 40年は350円。オリジナルの味噌でじっくり煮込んだ煮込み串も、牛スジやハツ、タンなどさまざまな部位が揃う。
BGMは70年代のフォークソング
BGMは、主に70年代のフォークソングや歌謡曲。土・日曜にはジャズが流れている。取材時には、かぐや姫の「神田川」が流れていた。使い込まれた古木を多用した内装や、壁に貼られた大正ロマンを思わせるポスターと相まって、どこかノスタルジックな気分に浸れる空間だ。そんな昔懐かしい空間もコンセプトなのだそう。壁のレンガは、実際に大正時代のものだという。カウンターには、歌田さんが飾る百合の花が置かれていた。
「御徒町はビジネス街ですけど、新橋あたりとはまた違う客層です。上野の美術館や博物館帰りの人や、アメ横や秋葉原を訪れる観光客もいます。御徒町って東西南北の交差点なんですよ。秋葉原から上野から千葉から、みんなが集まろうといった時には便利な場所なんです。15時から年中無休で営業しているので、趣味の会合の帰りや劇場帰りなど、いろいろな人にご利用いただいています。女性も多いですよ」と福本さん。
一度ハマったら抜けられない、リピーターが多いのも納得だ。
取材・文・撮影=新井鏡子
※土・日・祝は〜22:00LO(ドリンクは22:15LO)/定休日:無/アクセス:JR山手線御徒町駅からすぐ