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さて、私にはnoteで知り合った仲のいい友人がいる。下瀬ミチル嬢(以下るんみち)と、兼業漫画家のまるいがんもさんだ。この2人もたしかFさんと同時期に知り合い、みんな都内在住なので普段からよく遊ぶ。外出自粛中はよくオンライン飲み会を開き、そこにFさんが参加したこともあった。

私たち3人は前々から、「Fさんに会いに行きたいね」と話していた。しかし、けっして病状がいいとは言えない状況で、私たちが会いに行っていいものか。もしも残された時間が短いのなら、その貴重な時間をネット友達の私たちに割くのではなく、ご家族で過ごしたほうがいいだろう。そう考え、会いに行くのを躊躇していた。

そんなとき、noteでつながりのある方がFさんに会いに行ったことを知り、「会いたいって、言うだけ言ってみようか?」という話になった。縁起でもない言い方だけれど、今のうちに会わなければ、もう二度と会えないかもしれない。

私は思いきってFさんにメールを送った。「Fさんに会うため信州へ行く」と言ったら重荷になるかもしれないので、「3人で信州旅行に行くのですが、ちらっとお会いしませんか? 体調が優れなかったら当日キャンセルしていただいてかまいませんので」と伝える。するとFさんは、「あくまで3人の予定優先で、もしも都合が合えばおまけで寄ってください」とお返事をくれた。

「サキさん、るんみち、がんもさんの3人が信州の夏空の下にいるのを想像しただけで夏休み感が出るな」とも。

しかし、それ以来Fさんからの返信は途絶えがちになり、本当に会えるのかわからないまま旅行の準備を進めることになった。

Fさんが住んでいる町はかなりの田舎で、宿泊施設や観光できる場所はほとんどない。そのため、最寄りの都会である松本に2泊することにした。松本周辺をレンタカーで観光しつつ、いつでもFさんに会いに行けるよう待機する計画だ。

そして、松本に行く前日の朝。取材に行くため身支度をしながらTwitterを開くと、FさんのアカウントからDMが来ていた。しかしそのDMはご家族からで、内容は、Fさんが数日前にこの世を去ったことを伝えるものだった。

私はすぐに、るんみちとまるいさんにそのことを伝えた。取材に出かけたが、電車の中で足元がグラグラして立っていられなくなった。お腹にグッと力を込める。そうしないと、泣いてしまいそうだった。

取材を終えてスマホを見ると、まるいさんからは「旅行キャンセルする?」、るんみちからは「みんながいいなら予定通り行こうよ」とメッセージが入っていた。

私も、予定通り旅行に行くべきだと思った。旅行というよりも、今はひとりにならないほうがいいだろう。るんみちはFさんを敬愛していたので、今の彼女をひとりにしたくないし、私だってひとりでいたら悲しみに飲まれてしまいそうだ。今は3人でFさんの話をたくさんしたい。誰かの不在を受け入れるには、残った人間でその人の話をするのが一番だと、私は過去の経験から知っていた。

そんなわけで、この旅行の目的は急遽、お見舞いから追悼になった。私たちが信州に行くことで天国のFさんが喜ぶ……なんて傲慢なことは思っていない。これは、私たちのための旅行だ。

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翌日は予定通り、朝にバスタ新宿で待ち合わせた。高速バスが渋滞に巻き込まれ、予定より遅い13時過ぎに松本に到着。松本は前職の山小屋時代によく来ていた街だから、駅前の風景に懐かしさが込み上げる。普段は東京で遊んでいる友達と松本にいるのが、なんだか不思議だった。

私たちは駅近くのレストランで松本名物の山賊焼きを食べ、予約していたレンタカーでドライブし、松本城の小ささを冷やかしたり、私の知り合いがやっている登山用品店に顔を出したりした。

夕方、縄手通り商店街にあるゲストハウスにチェックインする。そのあとは居酒屋で馬刺しを食べながら、たっぷりFさんの話をした。

明日はFさんが住んでいた町に行く。飲みながらその町について検索すると、道の駅にある「コンパラソフトクリーム」なるものの情報が出てきた。コンパラが何なのかは、そのサイトには書かれていない。

「コンパラってなんだよ」「みんながコンパラを知ってる前提でいるなよ」と言い合った。(ちなみに、コンパラはブルーベリーのような植物だった)。

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翌朝、るんみちの身支度を待っている間、すでに身支度を済ませた私はひとりでゲストハウスを出た。近くのセブンイレブンにコーヒーを飲みに行くのだ。

ゲストハウス前の喫煙スペースでまるいさんが煙草を吸っていたので、「コーヒー飲みにセブン行くけど行く?」と聞いたら、「行く」と言う。朝の縄手通り商店街は快晴で、日差しを浴びたアスファルトがキラキラしていた。

コンビニへ行く途中、通りかかった四柱神社で結婚式を見かけた。まだ朝の9時台だというのに、白無垢姿の新婦と羽織袴姿の新郎、スーツやワンピースの参列者たちが集まっている。

それを見て、私は穏やかな気持ちになった。人の幸せそうな姿を見るのがうれしい、というわけではない。私とは関係のないところで他人の人生が営まれていることを実感すると、なんだか安心するのだ。

「まったく知らない人の結婚式を見かけるの、なんか好きなんだよね。仮に私にとってしんどい一日でも、誰かにとっては幸せな一日だったりするじゃん。他人と人生が重なる瞬間ってそういうことだよね」

そう言うと、まるいさんは「なんかわかる」と言った。そして、何かを思い出したように笑った。

「前に俺が『ラーメンうまかった』ってツイートしたことがあってさ。ちょうどそのとき友達の奥さんが出産してる最中で、友達が俺のツイート見て『こっちは命がけなのに、お前はのん気にラーメン食いやがって』って思ったらしい」

「まぁ、そういうもんだよねぇ」

「そうそう、そういうもんなんだよ」

この世界はそういうものだ。私がFさんを悼んでいるとき、門出を迎える人もいれば、それを祝福する人もいる。Fさんが亡くなった日に生まれた命もあっただろう。

複数の人間の「今この瞬間」を切り取ったとき、笑っている人もいれば、泣いている人もいる。そしてまた別の瞬間を切り取ったときは、泣き顔と笑顔が逆転しているかもしれない。誰のどんな人生も、さらさらと形を変えながら流れていって、それがいっとき重なり合ったり、重なり合わなかったりする。いいとか悪いとかじゃなくて、ただただ、そういうものなのだ。

このなにげない考えを文章にしたら、きっとFさんは共感のコメントと共にTwitterでシェアしてくれるだろうな。そんなことを思った。

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そのあとは、レンタカーでFさんが暮らしていた町へ行った。道中の山と空があまりに牧歌的で、「3人が信州の夏空の下にいるのを想像しただけで夏休み感が出る」といったFさんの言葉を思い出す。

Fさんが暮らしていた町は、小さいけれど活気があり、過疎を感じさせなかった。私たちは道の駅で手打ち蕎麦とコンパラソフトを食べ、森を散策し、ニジマス釣りをし、山奥の神社へ行った。まるでいつかの夏休みだ。

ここに来てよかった。旅行中にたくさんFさんの話をしたおかげで、私たちは心の穴を(少しだけ)埋められた気がする。そう感じる一方で、どれだけ時間が経っても、Fさんの喪失による穴は永遠に埋まらない気もした。

それはいいとか悪いとかじゃなくて、ただただ、そういうものなんだろう。

文=吉玉サキ(@saki_yoshidama

方向音痴
『方向音痴って、なおるんですか?』
方向音痴の克服を目指して悪戦苦闘! 迷わないためのコツを伝授してもらったり、地図の読み方を学んでみたり、地形に注目する楽しさを教わったり、地名を起点に街を紐解いてみたり……教わって、歩いて、考える、試行錯誤の軌跡を綴るエッセイ。