歴史を刻む老舗店主のこだわりが生んだ超人気の餃子
JR飯田橋駅の西口を出て約2分。餃子の超人気店『おけ以』は、警察病院のあった土地に建てられた新しいオフィスビル「サクラテラス」から道1本隔てた一角、まだまだ昔からの街並みの中にある。
店頭の濃緑ののれんには、白で『餃子の店 おけ以』の文字。のれんの端には贈呈元として「けい友連」と、長年にわたってお客さんに愛されているお店の歴史を感じさせる表記もある。
店内は奥に細長く、入って右側に長いカウンター、左側にはテーブルが並ぶ。カウンターの前、厨房との間にはびっしりと観葉植物の鉢が並べられ、厨房と客席のパーテーションの役割を果たしている。これは初代店主がやっていたお店の時代からの伝統だとか。
店内にメニューの張り紙はほとんどなく、注文はランチとディナータイムで入れ替わる手元のメニューを見て決める。
『おけ以』の歴史は古い。1954年創業というから、すでに70年弱(2022年時点)の歴史を重ねる。もともとは、大陸から引き揚げてきた田中ヒロ子さんが餃子の作り方を持ち帰り神保町で店を出したのが始まり。当時東京には餃子屋はなく、文字通り東京の餃子の歴史を作ったと言ってもよいほどのお店でもある。
その店の2代目を継いだヒロ子さんの息子さんが体調を崩し、3代目を現在の馬道仁さんが引き継ぐこととなった。この馬道さんの経歴が驚きだ。なんと、元は工務店の経営者(というか現在もその肩書を持ち、名刺の裏にもしっかり書かれている)。『おけ以』とは店舗作りの面で工務店の先代社長の時代からの付き合いで、2005年にここ飯田橋にお店を移転する際に馬道さんが引き継ぐことになったとのこと。
「料理の世界はもともと嫌いではなかったですし、このお店のファンでもありましたから続けたいというのもありました」と、3代目にしてオーナーの馬道さん。レシピは昔から勤めていた店員が引き継いでおり、これを継承することで昔からの味を守ることもできた。
しかし、店を引き継いだ馬道さんは「もっとおいしくしたい」という気持ちが強かった。「餃子の味はおいしくはありましたが、正直なところ普通の味でした。もっとおいしくしたくて、そこからいろいろ試行錯誤して長年かかって今の味にたどり着きました」と馬道さん。
1日1300個売れる餃子!
注文したのは、来店するお客さんのほぼ全員が注文する餃子と、それにライス。ほとんどの人がまず餃子、そこにラーメンやチャーハン、ライスなどを組み合わせて注文するという。
今日は注文してから焼き始めたので、餃子のできあがりまでに8分程度の時間がかかったが、ランチ時には大鍋で作った先から次々にお客さんに提供されていく。
「この大鍋で一度に13人前の餃子が焼けるのですが、開店前にはすでに焼き始めています。開店と同時に26席全席が埋まるので半分のお客さんにお出しして、すぐに次の餃子を焼き始めます。それを繰り返し、ランチが終わるまで焼き続けます」と馬道さん。
1皿で6個。1日に1200~1300個の餃子が出るとのこと。すべて厨房で働く馬道さんを含めた3人によって手作りされる。「営業時間の前後、そして餃子を焼いている最中にも常に餃子を作り続けています」と馬道さん。
さて、さっそく大人気の餃子をいただく。まず驚かされるのは、そのもっちりとした皮の食感。これがパリパリの羽とあいまって、食べた瞬間「あ、全然違う」と感じる。そして直後に口中に広がる肉汁と野菜の甘み。けっこうしっかりと味も付いている。
餡は豚バラ、白菜、ニラだけとのこと。そんなシンプルな素材なのになめらかで奥深い味わいが長く続く。これはたまらん。ビール!ビール!と行きたいところだが、ランチゆえ白いご飯をかきこむ。餃子の合間に食べる白いご飯の甘さもたまらない。
お客さんに提供するまでに3日間
餃子を焼いている間にも作り続けている、というこの餃子。実は実際にお客さんに提供されるまでに3日間を要している。つまり、目の前で仕込んでいる餃子がお客さんに提供されるのは3日後ということだ。
まず餡づくり。具材は昔ながらの粗めに挽いた豚バラ肉に白菜、ニラ、生姜を混ぜる。味付けは塩コショウと少々のうま味調味料。ニンニクは不使用。そして皮づくり。強力粉にごま油を入れ、熱い湯で練り、その後半日寝かせておく。
そうしてようやくできあがった餃子は、すぐに提供するわけではなく一度冷凍する。これがおいしさの最大のコツであるとのこと。「冷凍することで皮から余計な水分が抜けて旨味が増し、もっちりした食感が生まれます」と馬道さん。
もちろん焼き方にも一工夫。先に強力粉を混ぜた水を鍋に張り、蒸すようにして餃子を焼く。焼きあがる途中ではむらなく火を通すため、鍋全体をくるくると幾度か回転させ、仕上げに大豆油を加えることで、香ばしいパリパリ羽根つき餃子ができあがる。
「味が付いていますので、ぜひ最初の1個は何も付けずに食べてみてほしいです。あとはお好きな味付けでどうぞ」と馬道さん。連日、近隣のビジネスパーソンで行列ができるほど混みあっているが、お昼休みの時間を外せば並ぶことなく入れることも。
本当に毎日餃子作りに忙しいが「おいしかった」「久しぶりに来たけど、変わらない味で本当においしかった」と、お客さんが帰り際に残していく言葉が何よりの励みになっているとのこと。餃子の話をするときの穏やかでうれしそうな馬道さんの表情がなんとも魅力的で、餃子愛がダイレクトに伝わってくるようだ。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=夏井誠