夏葉社
2009年9月創業の出版社。島田潤一郎さんがひとりで編集、営業、発送を行う。名著の復刊、新たに精選した作品集、詩集、書き下ろし作品など、「何度も、読み返される本を。」をモットーに本をつくり続けている。
変化のある街に事務所を構えて
島田潤一郎さんが、吉祥寺に事務所を構えて2022年で13年になる。
「出版社って、ミーハー感覚がなくてはいけないと思うんです。吉祥寺は人の入れ替わりがあるし、街も変わっていくから、その変化を目にするのは楽しいです」
会社を立ち上げたのは2009年。その後、伊勢丹が閉店して『コピス吉祥寺』になり、吉祥寺バウスシアターが閉館した。
「大きな資本が街を変えていくのを日々眺めています。でも見方を変えれば人びとが望むから街は変わっていく。バウスシアターの跡地はラウンドワンになって若い子たちが集まっていますが、それはそれでいいことのような気がします」
『今』とすこし距離をおく
夏葉社の本は、内容も、本のたたずまいにも普遍性を感じる。変わらないものを大事に形にしているような。
「そうありたいと思っています。ただそれに加えて、変わっていくものを感知しながらつくっているような気がするんですよ。文学でいうと、ずいぶん昔の話になりますが、僕が学生だった90年代半ばは私小説とかプロレタリア文学はまったく流行っていなくて、90年代が終わるころからゆっくり盛り上がっていくんです。木山捷平とか小沼丹とかですね。それと入れ替わるように、大江健三郎や中上健次のブームが去っていく。そうした潮目とともに仕事をしています」
「時代とぴったり波長が合うようなものは、だめなんです」と島田さんは話す。夏葉社の本の装丁は、タイトルの文字の大きさも、帯の文言も控えめだ。
「流行のデザインにすると、本の内容は瞬時に伝わるけど早く消費されてしまう。もうすこし長いスパンで本をつくりたいんです。『今』とすこし距離をおく。自分がつくっているものがもし百年後も残るかもしれないと思ったら、用心深くなります。すると、それなりにちゃんとしたものができると思うんですよね」
時代に近づきすぎず、しかるべき距離をとって本をつくる。一方で、街の変化や流れを日々感じていたい。
「千葉の海沿いに事務所を構えたとして、僕はそこでは仕事が続かないと思います。出版は、どこか都市的なところがある。3歳から東京で暮らしているから、自分がそういう人間なんだと思います。ミーハーで、いろいろなものに夢中になって、飽きて、を繰り返している。そういう意味で、吉祥寺はちょうどいいです」
新刊はこちら
『私の文学渉猟』
2017年に亡くなった日本近代文学研究者である著者の、文学と古本にまつわるエッセイ集。
曾根博義 著。2530円。
『第一藝文社をさがして』
戦前、関西で約10年間活動していた謎多きひとり出版社を追った評伝。布張りの装丁も良い。
早田リツ子 著。2750円。
取材・文=屋敷直子 撮影=鈴木愛子
『散歩の達人』2022年4月号より