専業主婦を経て大好きな戸越銀座で開店

東急池上線戸越銀座駅を降りてまっすぐ来れば10分ちょっとなはず。しかし戸越銀座商店街をまっすぐ歩くのは難しい。あちらこちらいろんなお店を眺めながら歩いて来たら、余裕で30分以上かかってしまった。ようやくたどり着いた『くらしの雑貨店 もくもくいし』。かわいらしい木の看板が出迎えてくれた。

『もくもくいし』は漢字にすると『木木石』。自然の素材を店名につけた。
『もくもくいし』は漢字にすると『木木石』。自然の素材を店名につけた。

6坪のこぢんまりとした店内に、全国各地の作家さんが手がける器たちが並ぶ。一見、同じものが並んでるようでも、一つ一つ風合いが違って、つい手に取ってみたくなる。

作家さんが作る器は同じに見えてもまったく同じ物はない。手しごとならではのちょっとした違いが味わい深い。
作家さんが作る器は同じに見えてもまったく同じ物はない。手しごとならではのちょっとした違いが味わい深い。
普段使いで重宝しそうな平皿やカップ。色合いもとてもやさしい。
普段使いで重宝しそうな平皿やカップ。色合いもとてもやさしい。

作家ものの器と聞くと、なんとなく敷居が高いイメージがあったりするが、ここにあるのは普段使いできそうなものばかり。身構えることなく手に取って感触を確かめることができる。

「入るのに緊張する店構えにはしたくなかった。気軽に入ってもらいたいという思いがあったので、戸越銀座商店街を選んでよかったなって思ってます」と笑顔で話すのは店主の相馬ともみさん。

相馬さんは徳島県のご出身。京都の大学を出た後上京し、専門学校でインテリアについて学んだ。「専門学校を卒業してからはインテリアコーディネートのお仕事をしていました。内装・照明・カーテンなどインテリアを提案するお仕事です。その後、製図のお仕事や設計事務所など、転職はしてもずっと“家”に携わってきました」。

「人と人との触れ合いが多い戸越銀座が大好き」な店主の相馬ともみさん。
「人と人との触れ合いが多い戸越銀座が大好き」な店主の相馬ともみさん。

結婚し、出産を前に退職。それから8年ほど専業主婦をしていたという相馬さん。2人目のお子さんが小学校に上がるのを機にもう1度働きたいと思い、雑貨屋さんでパートを始めたんだそう。

「雑貨とデイリーウエアを扱うお店でした。夕方までのパートタイマーで。そこで初めて接客というのを経験しました。それまではレジを触ったこともなくて。そこで接客販売を経験したことと、雑貨の世界に触れたことで販売の仕事の楽しさを知り、『いつか自分のお店を持てれば』って意識し始めました」。

結婚当初は、戸越銀座から自転車で10分ぐらいの不動前で暮らしていた。買い物で通ううちに戸越銀座が大好きになって、10年ほど前に戸越にお引っ越し。「この10年でだいぶ変わりましたが、その頃はお豆腐屋さん、魚屋さん、八百屋さんがあって。人と人とのお付き合い。田舎みたいなそういう雰囲気が好き」。

にぎやかな商店街に奥ゆかしくそっとたたずむ店構え。
にぎやかな商店街に奥ゆかしくそっとたたずむ店構え。

相馬さんのご自宅はお店のすぐ近く。戸越銀座商店街の中でもなじみが深い“銀六会”(駅から一番離れたエリア)で、どうしてもお店が出したかったんだそう。物件を探しながら、まずはオンラインショップを立ち上げたのが2016年。物件探しにまるまる2年かかって、2018年、念願の実店舗をオープンした。

自分が使ってみて使いやすかった物を置きたい

取引をしている作家さんは、自らが陶器市やクラフトフェアへ出向いて見つけてきた。「作家さんとも人と人との付き合いを意識しています」と相馬さん。いいと思った作品は、まず買って帰って、自宅で使ってみるんだそう。

「その時いいと思っても、持って帰って使ってみたらちょっと重いかな、とか」。相馬さんが「使いやすい」と感じないと取引には至らない。つまり、『もくもくいし』には相馬さん目線で“使いやすい物”しか置いてないということになる。

「自分の家で使っている物はおすすめしやすいですよね。力入っちゃう(笑)」。

作家さんの器以外にも、手の届くお値段で使いやすい台所用品がたくさんそろう。なかでもおすすめは、専業主婦の頃から愛用していたという、日本の桜の木を使ったキッチンツール。

広島の桜のしゃもじ1210円、いためべら935円。使えば使うほど手になじむ。色もどんどん濃くなっていく。
広島の桜のしゃもじ1210円、いためべら935円。使えば使うほど手になじむ。色もどんどん濃くなっていく。

「これが本当に使いやすくて。もともとなにも知らず、どこかで買って使っていたんです。お店をやり始めてから、この木の道具、どこのだろう? って探し当てて、ここで取り扱いを始めさせてもらいました。広島で作ってます」。

「それから和歌山のたわし。椰子科のシュロという木の繊維を使っています。丈夫だし洗いやすい。いろんな大きさがあるんです」。

シュロのたわし(細)770円。右はフライパン用1210円。
シュロのたわし(細)770円。右はフライパン用1210円。

プラスチックは劣化してくだけだが、自然の素材の道具は使うほどに味が出る。相馬さんの言葉を借りれば「道具は使っただけ育つ」。

「木や竹の色が濃くなっていくのも見ていてホッとしますよね。手しごとで作られた自然素材の物は、人のぬくもりがある。きっちり揃わない、量産品とは違うぬくもり」。

普段使いにおすすめのアジアのカトラリー。陶器とも相性がいい。
普段使いにおすすめのアジアのカトラリー。陶器とも相性がいい。

好きな道具を使えば暮らしが楽しくなる

「主婦って台所に立つ時間が長く、疲れてても家族の為にご飯を作らないといけない日もある。そんな時にお気に入りの道具とか食器とかを手にすると頑張れるというか。好きなものを手に取って、触る。自然素材の道具を触ると心地よかったり、食器を変えるとお料理がおいしそうにみえたり。小さなことだけど、気持ちも上がるし、暮らしが楽しくなるっていうのを主婦をやっていて本当に思うんです。それを伝えたい」と相馬さん。

「普段使いできるものっていうのがお店のコンセプトの1つでもあります。あんまり高いものとか、工芸品ではなくて、日常のもの。高くて使うのが怖いとか、使わずにしまっておくとか、そういうのじゃなくって、使ってこその物を置きたいと思っています。価格は自分の主婦の金銭感覚の範囲です(笑)」。

以前はケーキ屋さんだった店舗の蛇口をそのまま活かして、小さなシンクを設置。台所用品のディスプレーに活用している。
以前はケーキ屋さんだった店舗の蛇口をそのまま活かして、小さなシンクを設置。台所用品のディスプレーに活用している。

お客さんと作家さんをつなぐのも相馬さんの役割。「その作家さんの思いとか、どういう意図で作っているのかとか。こんなところがこの作家さんの手仕事の魅力という事をお伝えすると、ぐっと身近に感じてくださる」。今後は、作家さんの工房にもどんどん足を運びたいと相馬さんは言う。

『もくもくいし』では多くの作家さんの作品を取り扱う。月に1度は新作チェックに訪れたい。
『もくもくいし』では多くの作家さんの作品を取り扱う。月に1度は新作チェックに訪れたい。

お客さんは、近所の方と、作家さん目当てで遠くから来る方と、半々ぐらいだという。ご近所の方では、ふらっと来ておしゃべりしたり、おいしいものをお裾分けしに寄ってくれる方もいるんだとか。相馬さんの「気軽に入ってもらいたい」という思いが地域の人たちに伝わっているということだ。「すごくありがたいですね。戸越で本当によかった」。

取材中にも、近くにお住まいの常連さんが土鍋の使い方を聞きに来た。少し前に『もくもくいし』で買った土鍋でご飯を炊こうとしているようだ。さすが、ご自分でも使っているだけのことはあって、相馬さんが丁寧に説明する。ここで買って、そのあと使い方の相談もできるって、本当に心強い。近所にこんな店があったらいいな。

住所:東京都品川区豊町1-4-12 1F/営業時間:12:00~18:00/定休日:月・火(不定休あり)/アクセス:東急電鉄池上線戸越銀座駅から徒歩11分、地下鉄浅草線戸越駅から徒歩9分

取材・文・撮影=丸山美紀(アート・サプライ)