まさに、東京の玄関口
東京駅丸の内北口を出て徒歩1分。駅の目の前にある複合商業施設・丸の内オアゾのキーテナントが『丸善丸の内本店』だ。1階から4階まであり、書籍のほかに3階にカフェ、そして4階にはギャラリー、文具、もう1つカフェ、さらには眼鏡に時計まである。
まずなんといっても、「ああ『丸の内の丸善』に来たな」と実感するのは、ビジネスの最前線に立ったような気持ちになる1階のフロアだろう。
副店長の壹岐(いき)直也さんに話をうかがう。「通常ですと書店の1階は文芸の新刊書などを中心に雑誌やコミックなどになると思いますが、ここは大手町や丸の内といった日本最大のオフィス街から至近距離にあるため、ビジネス書に政治、経済、法律、そして就職や資格についての本を置いています」
実際、話題になったビジネス書の中には、ここで売り上げ日本一を記録した例が多数あり、出版社によっては、「『丸善丸の内本店』での売れ方の初速を見て、その後の刷り部数を決める」ところもあるのだという。
また壹岐さんの話をうかがいながら、歴然と他の書店とは違うと理解できるポイントは、「本を送る」という言葉が頻出すること。日本中の様々な地域から東京を訪れる人、そして今はコロナ禍で途絶えてしまったが、海外から来た人々は、ここで手に入る限りの本をたくさん購入するから、それは持ち帰れる量ではなく「送る」ことになるわけだ。
「雑誌、洋書も含めると110万冊ほどを扱っています。コロナになる前には、各国の首脳の方がSPを伴って来店し、たっぷり買い物されてそれを大使館までお送りするようなことが度々ありました」
御影石とスチールの色
個人的に何度も足を運んでいる書店とはいえ、言われてはじめて「そういえば」と気が付くことがある。空間の色味と風合いは居心地に大いに関係するが、壹岐さんから説明されてハッとしたことが2つある。床とスチール棚だ。
「床には御影石を敷いています。これは書店としては珍しいのではないかと思います。1階はビジネス書が多いので、爽快でスピーディなイメージにしようと、御影石は白っぽくしています。一般書と雑誌の2階は女性を意識してやさしいベージュ。専門書も含めた和書の3階は渋くブラウン。そして洋書や文具、眼鏡、ギャラリーのある4階は黒に近いダークグレーの御影石にして高級感を出しています」
写真を見ていただきたいが、本を収納するスチール棚のカラーリングも御影石に対応し、1~4階ですべて変えている。各階ごとに変化があって、しかしけっしてうるさく主張しない、意識するかしないかくらいの絶妙にデリケートな違い。
これは、まぎれもなく“もてなし”の発想だろう。
ビジネス書・児童書・医学書の醍醐味
読むこと・書くことに関わる総合ミュージアムでもある丸善丸の内本店には、文具、眼鏡、万年筆、時計の売り場が4階に並んでいる。ここで買い求めた本を読むための、自分に合った特製の眼鏡を、読んだあとに日記や手紙やノート、原稿などをしたためるための一味違う万年筆を、すべて同じ書店の中に入手できるこの醍醐味。
そしてギャラリー・スペースでは、さまざまな造形作家による作品が常時、展示されている。
「ギャラリーは天井がとても高いのが特長で、これも他の書店ではほとんど見られないぜいたくな作りになっていると思います。年間およそ80種類もの展示を行っていて、現在はお申込みいただいてOKになっても、半年から1年、お待ちいただくスケジュールになっています」(壹岐さん)
さて、話を書籍に戻すと、またまた従来の書店にはない不思議な特長が見えてくる。ビジネス書は言うまでもないが、壹岐さんがハッキリと「力を入れてます」と強調したジャンルとして、他に児童書と医学書がある。ビジネス書に児童書に医学書? なんと不思議な組み合わせだろう。この3分野になにか無理やりに共通点を見出そうとしてもムリだ。ここはまた静かに耳を傾けよう。
「平日と違って土日はやはり家族連れが多くなります。そこで児童書はあえて3階の中央のフロアに配置し、面積も広く取りました。お子さんがここを気に入ってくれると、当然1人では来ないですから両親と来ることになり、各フロアにはお父さんにもお母さんにも必ず満足してもらえる商品があるはずです。
そして医学書。お医者さんって平日は忙しいから、こちらも土日に来られる方が多いんです。そして東京は、医学の分野の各学会がやはり日本一多い街ということになります。いずれも明確な目的があって来店される方が多いから、まとめ買いがどうしても多くなり、店の中でも稼ぎ頭、ということになります」
医学書は当然単価も高く、加えてまとめ買いとなれば影響力はかなり大きい。「ある特定の分野の本ばかりやけに売れると思ったら、その方面の学会がまさに今行われている、ということが多いんです」というから舌を巻く。それほど、あそこに行けばだいたい揃う、という情報が医療関係者には伝播済みなのだ。
目的と時間のゆとりをもって訪れたい
「歩く」ことと「考える」ことは相性が良い。古代から多くの哲学者が歩きながら思考してきたし、机に向かっていて煮詰まったら歩くことで打開する作家、クリエイターも多いはずだ。だから丸善丸の内店に来たら、普段あまり覗かないジャンルの本なども棚を眺めてみることをお勧めしたい。そうすることで自分の中にある隠れた欲求が掘り起こされるかもしれないし、歩きながら何かを思い出したり、今こそ必要な商品が見えてくるかもしれない。
どんな利用の仕方をしようともちろん自由だが、ここに来るときには、あれとあれが欲しい、できればそれに付随する類書も探したい、といった目的意識と、そのための時間のゆとりがあると良いように思う。そしてふと窓から外を見ると、目の前は東京駅だ。
買った本を抱えて旅に出てみようか。故郷に帰省する前に、思い切って今日は万年筆を手に入れてみようか。
そんなぜいたくを自分に許したくなるとっておきの場所が、ここにある。
取材・文・撮影=北條一浩