小野先生
小野正弘 先生
国語学者。明治大学文学部教授。「三省堂現代新国語辞典 第六版」の編集主幹。専門は、日本語の歴史(語彙・文字・意味)。

京都のイメージが「はんなり」を誤解させる

小野先生 : 私は東北出身なので、「はんなり」ということばは、大学に入るまで知りませんでした。今は全国で知られていますが、元々は関西の方言です。

筆者 : 京都のイメージが強いです。「はんなりとした」と言われると、女性がおっとりと優雅に立ち居振る舞うような情景を思い浮かべます。

小野先生 : 京都だけでなく大阪でも使われますよ。「はんなり」を辞書で引くと、「はでなさま、明るく陽気ではなやかなさまを表わす語。はんなら。」(小学館『日本国語大辞典』第二版)とあります。
小越さん(筆者)は関東出身でしょう? ちょっとイメージが違いませんか?

筆者 : 違いますね。「派手」「明るく陽気で華やかだ」と言われると、ヒョウ柄やスパンコールの洋服でばっちりきめた、「大阪のおばちゃん」的な元気な女性が思い浮かびます。

小野先生 : はは。スパンコールが「はんなり」と言えるかは難しいですが、私も含めてことばのイメージが、京都のそのもののイメージに引っ張られているようです。
しかし、「はんなり」で画像検索してみると、赤や黄色の華やかな着物が出てきます。関西の人は、「おっとりと優雅」というより、「パッと明るい」といったニュアンスで、「はんなり」を使っています。

筆者 : 微妙な意味合いを正しく理解できていませんでした……。

小野先生 : 「はんなり」の語源は「晴れなり」という説があります。ただ「はれ→はん」という変化は、やや無理があります。おそらく、「はな」という名詞に「ん」「り」が付いて「はんなり」という副詞になったのではないかと。
文法的には珍しいのですが、「ひや(冷や)」→「ひんやり」のような例もあります。

筆者 : 「はな」は「はなやか」につながります。「パッと明るい感じ」という原義も納得です!

東北人は「めんこい」の使い方に違和感?

筆者 : 日本人同士でも、ことばの意味に微妙なズレがあるとは、ちょっと驚きです。他にも元の意味が変化して、全国に広がったことばはあるのですか?

小野先生 : 私は東北弁の「めんこい」が、他所で使われると違和感を感じることがあります。

筆者 : 「かわいい」という意味ですよね。「同期入社のあかりさん、いつもめんこいなあ」とか。

小野先生 : 「かわいい」は当たっていますが、同じくらいの年代には使いません。若い女性に「めんこい」と言えるのは、ずっと上の世代の人。自分より子供や動物のような守るべき存在を、もみくちゃに撫で回すような感覚で、「めんこい」と言います。

筆者 : 関東人には、そこまではわかりませんでした!

取材・文=小越建典(ソルバ!)