小野正弘 先生
国語学者。明治大学文学部教授。「三省堂現代新国語辞典 第六版」の編集主幹。専門は、日本語の歴史(語彙・文字・意味)。

謝罪の意思を間接的に伝えることば

小野先生 : 「すみません」は「すまない」の丁寧形、「すまない」は「終わりになる」という意味の「すむ」の否定形です。謝罪の表現としては比較的新しく、明治時代以降に使われるようになりました。
謝罪をしても、それだけでは終わりや償いにはならない、と言っているわけです。「お詫びのしるしにもなりませんが……」といって金品を渡すことがありますが、意味合いは同じです。
「すみません」というとき、それでは終わらないと言いながら、実際はことばで謝罪して終わらせようとしています。とてもおもしろいことばです。

筆者 : 謝罪の言葉が「謝罪して終わるとは思わない」という意味なのは興味深いですね。

小野先生 : 「すみません」は直接的に許しを請うことばではありません。自分の認識を伝えることが、謝罪の気持ちを表すことになります。「すまない」以前には、「これは、自分があやま(誤)った」という言い方もありました。自分の過失を認めることで、謝罪の気持ちを間接的に伝えています。今で言う「悪かった」などと同じですね。

「ごめんなさい」とはどう違う?

筆者 : 似たような謝罪の表現に「ごめんなさい」もありますね。

小野先生 : 「ごめんなさい」は直接的に許しを請うことばです。「ごめん」は「御免」で、「免」には「まぬかれる」「ゆるす」という意味があります。時代劇で殿様が家来に「許せ」というシーンをよくみますが、立場は別としても「ごめんなさい」と言っていることは変わりません。要するに相手に命令しているわけです。

筆者 : 誰かに損害を与えたり、悪いことをしているのに、「許しなさい」と言うのは自分勝手な気もしますね。

小野先生 : 素直に「謝罪」の気持ちを表わすことばは、意外にないのかもしれません。「お許しいただければ、それ以上のことはありません」なら、相手の意思も尊重していることになりますが、あまりにも持って回った言い方です。「本当に謝る気があるのか?」と逆に疑われてしまうかもしれません。

筆者 : 先生は謝罪しなければならないとき、どのように表現していますか?

小野先生 : 丁寧に謝罪するときは「本当に申し訳なく存じます」と言います。
ただ、大げさな表現が不自然なときや、気心の知れた相手に対しては、「すみません」とよく言いますよ。

筆者 : 「すみません」は相手の立場を慮っている表現ですから、言われた方も気持がやわらぐのかもしれませんね。

小野先生 : いっぽうで、お店で店員さんを呼んだり、感謝の意を表すときも、「すみません」を使います。万能なことばなので、軽くみられてしまう可能性があり、注意も必要ですね。

取材・文=小越建典(ソルバ!)