小野正弘 先生
国語学者。明治大学文学部教授。「三省堂現代新国語辞典 第六版」の編集主幹。専門は、日本語の歴史(語彙・文字・意味)。

「切」という漢字に注目

筆者 : 「切ない」は、「悲しい」や「辛い」ではないし、「寂しい」とも少し違います。微妙なニュアンスを持っていると思います。

小野先生 : 現代語の「切ない」は、「胸に差し迫ってくるようす」をイメージすると良いでしょう。方言では、今でも具体的に「息が切れるようす」を指す地方もあります。
ただ、一般的には「切ないラブストーリー」「一人暮らしの母を思うと切ない」などというように、抽象的な感情を指して使いますね。

筆者 : 単に嫌な気持ちではなく、恋愛や親子の情など、ポジティブな感情の裏返しであるように思います。

小野先生 : 「切」という漢字は、「刀で断ち切る」という意味を持っています。そこからさらに、「差し迫った」「近い」「親しい」「ねんごろな」といった状態を指すようになりました。例えば「親切」といった言葉に「切」が使われています。

筆者 : 「差し迫った」はわかる気がしますが、切ることがなぜ「親しい」のような、ポジティブなニュアンスに変わったのでしょうか?

小野先生 : 「刀」で切るところがポイントです。叩いて割るのでも、ちぎるように分断するのでもなく、鋭利な刃物でスパッと物を切ると、その瞬間は断面は密着しているようにみえます。その状態が、漢字の意味に反映された可能性があります。

筆者 : なるほど! 考えてみれば、モノをふたつに分ける方法はたくさんあります。初めて刀でモノを切った人は、「くっついてる!」と思ったかもしれません。

実はレアな転換によって生まれた言葉

小野先生 : ポイントはもうひとつ、「切ない」という形容詞の成り立ちです。実は日本語は形容詞が少ない言語で、外来語を「〇〇だ」「〇〇なり」のように表現して(形容動詞)、物事を形容することが多くあります。
「切ない」も平安時代や鎌倉時代は「せち(切)なり・せつ(切)なり」という形容動詞でした。それが、室町時代に入ると「切ない」という形容詞になります。
実はこれ、日本語の中で稀な大転換で、「おおきなり(大)」→「おおきい」、「するどなり(鋭)」→「するどい」といった例があります。最近では「now」→「nowだ」→「ナウい」がわかりやすいでしょう。

筆者 : へえ! なぜ「切なり」は形容詞に昇格したのでしょうか?

小野先生 : 慣れ親しんだ言葉が、使いやすいように変化したと考えられています。それほど、「切」の概念は日本人の生き方になじんでいたのでしょう。
「せちなり」「せつなり」は「ひたむきな」「ねんごろな」「情趣深い」「差し迫った」という意味。「切」の漢字が持つ元々の意味と大きく変わりません。
室町時代に変化した「せつない」は、「非常に親切だ」「やるせない」「呼吸が苦しい」「生活が苦しい」など、多様な使われ方に広がっていきます。

筆者 : 「切」が持つ「親密である」という意味と、「差し迫った様子」のイメージが、「切ない」という感情にぴったりだったのだと思います。

小野先生 : ネガティブな印象を与える「ない」という語感も、ニュアンスをよく表現しているように思います。「切ない」の「ない」は「切なり」の「なり」の変形なので、本来は否定形ではないのですが……。
恋愛はポジティブな感情ですが、それが思うように成就できないから「切ない」気持ちになります。心情をうまく表現している言葉です。

取材・文=小越建典(ソルバ!)