北上駅そばで賢治気分の闇を堪能する
すると、駅から東へ徒歩3、4分でもう北上川の堤防で、電灯のない堤防上の遊歩道を10分ほど行くと、和賀川が合流するあたりに広々と闇が溜まっている。だれもいない河川敷で石に腰かけ、幻想的な川霧をぼんやり眺めていると、あっという間に賢治気分だ。夜の帳が降りるとともに霧は消え去り、モノトーンの世界が立ち現れた。途中から雨の闇歩きになったが、それもまたよし。新幹線の駅のすぐ近くにこんなにたっぷり闇があるなんて、素晴らしい!
だが、考えてみたら、そもそも新幹線は闇と親しい。北上駅では旧幹線である東北本線と新幹線が合流するが、新幹線はなにしろ新しい幹線だから、栄えてきた市街から外れたところを走ることが多い。土地を新しく得やすい田んぼや山のほうに、線路を敷いて駅をつくるから、闇へのアクセスがいい。
「新」がつく駅が狙い目だ
そういう目で改めて地図を眺めてみると、上越新幹線の上毛高原駅、越後湯沢駅、浦佐駅は、3駅連続で駅近闇が充実しているし、ほかにもとくに「新」のつく駅は狙い目だ。たとえば、北海道新幹線の新函館北斗駅や新青森駅は田んぼの闇が近い。
東海道新幹線の新横浜駅周辺も、かつては田んぼの闇が広がっていた。今はすっかりビジネス街でホテル街だが、北上駅のように川の合流地点の闇が近い。駅から北へ徒歩6分ほどで鳥山川で、そこから闇が始まる。河川敷はあまり自由に歩けないものの広大で、鶴見川との合流ポイントなどで河川敷に下りて、まずまずの闇に浸かることができる。
楽しみ方いろいろ、新神戸駅の闇
だが、なんといっても山陽新幹線の新神戸駅がスゴい。
神戸は、瀬戸内海と六甲山地に挟まれた狭い平地に大都市がぎっしり詰まっている。その山際に新駅をつくったから、駅から徒歩1分で山に入れるし、日本三大神滝のひとつ、布引の滝に5分で着く。役行者が開いたという霊山の、玄関口どころか「玄関の中のタタキ」的な場所に新幹線の駅があるのだ。
山の中まで徒歩1分だから、闇へのアクセスも徒歩1分。異人館街に通じる北野道(背山散策路)へは駅のすぐ裏から入っていけるし、その前に駅の脇を下れば生田川の畔の闇だ。川の真上にドーンと新神戸駅の腹が横たわっていて圧倒される。
夜の散策をふつうに楽しむなら、布引の滝を巡るのが無難だ。夜8時までは、おんたき茶屋の前を通って布引貯水池方面へ行く道を通れる。遊歩道には電灯が点るが、明治33年竣工の布引五本松堰堤のあたりは、電灯がなくていい感じだ(ライトアップされることもあるようだが)。
昨年末にこのあたりで闇歩きツアーをやったが、そのハイライトは布引の滝の西側にある城山だった。城山へのハイキングコースの入り口も駅から徒歩1分程度。六甲の山は神戸市街に面した南側が、立派な滝がいくつもあることからもわかるように、地形が激しい。城山のコースも、少し登っただけでなかなかの高度感で「絶景かな、絶景かな」だ。
六甲は花崗岩の山で、花崗岩には白っぽいものが多いので、東京近郊の山に比べて夜の山が明るい。しかも冬枯れで、山道から派手な夜景が丸見えなので、直射日光ならぬ直射街光が照りつけて、懐中電灯の出番がない。こんなに近距離からこんなにたくさんの光に照らされまくる山地はほかにないだろう。この直射街光の激しい山と、谷あいの穏やかな闇の両方を楽しむと、水風呂と温かい湯船の両方に浸かったような気分だ。
城山への道は整備された歩きやすい道で、昼間は問題ない。だが、夜は危険だ。直射街光といっても昼間に比べればとても暗く、暗いと高さへの警戒心が弱まる。道をちょっと外れると、崖を転げ落ちる。山と闇に慣れた人と一緒でなければ、夜間は立ち入るべきではない。
と言いつつ、無難な布引の滝コースでも、曲がり角でイノシシの母子3匹にばったり遭遇した。その距離わずか2、3m! 私は固まったが、向こうは全然こちらを気にせず餌を探し回っている。こんな至近距離でイノシシに無視されるなんて、東京近郊では考えられない。そうとう人に慣れているようだが、野生は野生だ。なめてはいけない。いろいろ問題はあろうが、なめてはいけない獣や闇とこの先もうまく共存していけるなら、神戸は都会としてとてもカッコいいと思う。
ではまた。闇の中で逢いましょう。
写真・文=中野 純