今大会がきっかけとなった選手の発掘・育成事業
最終回は連載取材中に興味を持った「今大会をきっかけに始まった選手育成」を取り上げる。
まずは埼玉県の中学生のライフル射撃記録会。また珍しいスポーツを、と驚いたが、これは県の「彩の国プラチナジュニア発掘・育成事業」の一環だ。県内の並外れた運動能力を持つ中学生30人が、ライフル射撃かボート、ラグビーフットボールの3競技からひとつ選んで鍛えられる。
オリンピック競技などを本格的に練習できるのは魅力だ。競技団体の指導者も「驚くような才能の子がいます」とこの事業に期待を寄せる。
それからパラ選手のインタビューで「パラ発掘で競技を始めました」という声も聞いた。調べてみれば、こちらは東京都が行うパラスポーツ次世代選手発掘プログラムだった。
このパラ発掘をきっかけに今回のパラリンピック出場を果たしたボート選手の有安諒平さんに話を聞いた。
視覚障害のために運動は得意ではなかったが、大学時代にパラ柔道を始め、さらにパラ発掘でボート競技と出合った。「本業の基礎医学の研究が忙しいので、ボート漕(こ)ぎのローイングマシンで自分のペースで練習できるのが魅力でした」と有安さん。
そしてトップアスリートに。
トップアスリート御用達 最高峰のトレーニング空間
有安さんたち選手仲間は、相模湖や戸田の漕艇場での練習のほか、屋内トレーニングにも励む。その場所がナショナルトレーニングセンター(NTC)。各競技団体が認定したトップアスリートだけが利用できる日本最高峰の施設だ。有安さんに使い心地を尋ねると、「NTCイーストはパラ選手も使いやすいですよ」。
視覚障害者が指で触ってわかるロッカーキー、車いすが動きやすい広い通路と至れり尽くせりだとか。
さらに選手それぞれの栄養を摂取できる食事、温冷交代浴やマッサージで体を整える。トレーニングだけでなく充実の一日を過ごせるのだ。
パラ発掘を皮切りにスポーツに邁進する有安さん。「障害はパラスポーツを行える権利と前向きに考えるようになりました」と明るい笑顔。
そんな有安さんが東京パラリンピック出場で驚いたのは、162の国と地域から来た、さまざまな障害を克服して活躍する競技選手の姿だった。「まさに多様性のるつぼ」。あの障害でここまで動けるのかと、研究者として学ぶことも多かったとか。
大きな世界へ次々に羽ばたくアスリートたち、何だかワクワクする。
【埼玉県】 彩の国アスリート育成プロジェクト
質の高い多様な競技を早くから体験して伸ばす
小学生から高校生までの選手育成事業。
まず小学生向けには2011年度開始の「プラチナ・キッズ」。体力測定で選ばれた30名が5・6年生でオリンピック競技など、20余種目の競技を体験。その子の適性をふまえた競技をスポーツ科学に基づいたプログラムで育成。その後中学生対象の「プラチナ・ジュニア」、高校生以上の国際級選手には「プラチナ・アスリート」がある。
【東京都】 パラ発掘事業
国際級のパラ選手を見つけて育てたい!
「2020大会に一人でも多くの東京ゆかりのパラ選手を輩出したい」と2015年度に開始された選手の発掘事業。今大会ではボート競技3名、陸上競技1名が出場した。他競技の経験者や怪我や病気でパラ選手を志すアスリートもいるが、応募に競技レベルは問わない。体力測定や体験会の後、専門家の相談や知識面の座学などフォロープログラムも。障害者の活動の幅を広げ、認知度を上げる効果にも期待だ。
ハイパフォーマンス スポーツセンター
トップアスリートだけが使える最高峰の施設
国立スポーツ科学センター(JISS)と味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)を合わせた日本の国際競技力向上の中核拠点。国内最高峰の施設だ。またJOCが実施している中高生アスリートを育てるJOCエリートアカデミーはここNTCを拠点としており、卓球の平野美宇選手や張本智和選手らを輩出。広大な敷地は明治時代から陸軍用地で、終戦後のGHQ接収を経て1969年に国立競技場用地として払い下げされた。
取材・文=眞鍋じゅんこ 撮影=鴇田康則
『散歩の達人』2021年11月号より