「バブル方式」は頼みの綱?

「ハルマゲドンでもない限り、東京オリンピックは開催するっ」とIOC最古参は宣う。

かと思えばアメリカは「日本は新型コロナウイルス感染が危ないから渡航禁止ね」とか言い出したし、国立競技場付近では反対デモが行われた。でも外野がどんなに何を言おうと日本政府も東京都も組織委員会も「絶ーっ対やるから、オリンピック!」という姿勢が垣間見える。

なんでそんなに強気に「安全安心」と彼らが言い切るのかといえば、「バブル方式」が威力を発揮するかららしい。というわけでまず「バブル方式」をおさらいしよう。どんなのかというと、

・外国人選手団は入国後2週間の待機期間は免除して即日から練習可能。その代わりに隔離は厳しくやるぞ!
・自国出発前の96時間以内に2回、日本到着時にPCR検査や抗原検査、入国後は毎日検査また検査。滞在中はとにかく陰性を維持!
・空港からは公共交通機関を使わないで宿泊先と練習・試合会場だけしか移動できない。
・最初に行動計画書と誓約書を提出すること。
・破ったら大会参加の資格認定書剥奪! ビシビシいきます!

とまあ、まるで選手団を丸ごと泡(バブル)で包んでしまうように隔離するから安全!というものだ。なんかちょっとはかないネーミングのような気もするが。

でもよーく耳をすましてほしい。彼らは「空港―宿泊先―会場」と言うが決して「空港―選手村―会場」ではない。あれ、じゃあ「宿泊先」って何? とお気づきのあなた、驚くなかれ、それはあなたの町かもしれない。

また、その場合のバブルは誰が担うのか?

あなたの町の役場職員さんたちなのですよ。実は。

最近、「事前合宿・事前キャンプを断念」というニュースをよく聞く。この「事前合宿」が選手村以外の「宿泊先」のひとつだ。漠然と自分とは関係ない地方の話だと思っているかもしれないが、実は合宿地は北海道から沖縄まで全国で数百の自治体が引き受けている。東京だって例外ではない。

ほれ、これが一覧表。
東京都内の事前キャンプ状況について(東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会東京都HP)

ついでに神奈川県。
事前キャンプ誘致に向けた取組について(神奈川県HP)

それから千葉県。
千葉県内の事前キャンプ合意状況(千葉県HP)

そんで埼玉県。
埼玉県内の事前トレーニングキャンプ決定状況(埼玉で開催!Tokyo2020)

何やらぐんと身に迫るものがあるだろう。

霧に霞む晴海の選手村。選手は試合5日前から試合後48時間だけ滞在できる。

インド人事前合宿先、黒部市の場合

せっかくだから、今みんなが気になる「インド変異株」が蔓延するインド選手団を受け入れる自治体に、事前合宿事情を聞いてみた。インド選手団はワクチン接種をすると最近ニュースで見たが、それでも受け入れ自治体は大変そうだった。

まずはインド人のアーチェリー選手を招く予定の富山県黒部市の東京オリンピック・パラリンピックの担当者(以下「担当者」)に聞いてみた。

「インド選手団とは、長年ホストタウン(後述)として文化交流をしてきた仲なのですが、事前合宿がコロナ禍で受け入れ対策のハードルがどんどん高くなって大変なんです」と、黒部市の担当者は語る。

その「国の新型コロナウイルス感染対策」をもとに準備を進めた結果、

・羽田・成田空港から貸切バスで5〜6時間かけて市内の全館貸切ホテルへ
・滞在中は黒部川河川敷にあるアーチェリー場と市民総合体育館での練習のみをバス移動
・自由な外出不可なので出入り監視のため警備員を配置
・市役所職員も24時間体制で待機
・担当者も一緒にバブル突入。PCR検査を受けて同じホテルに滞在して外界との接触禁止
・買い物などは選手や市の担当スタッフと接触しない市のスタッフを別に手配
・万が一感染者が出たら、市民と同様に地元保健所の管轄であり地元医療機関が対応する

相当大変そうだけど、そこまできっちり準備しないと選手と市民の安全は守れません、と担当者は覚悟を決めている。

「そこまでするか!?」。実はこの黒部市プランを他の自治体関係者に話すと、彼らでさえ驚愕するほどの念の入れようだった。しかし東京23区内の担当者は、「地方に行けば行くほど住民の関心は高いだろうし、医療体制などの人的資源も少ない。地元住民への理解を得るためには相当気を遣うでしょうね」と、黒部市の担当者を慮る。

ちなみに「こうした対応策が選手たちに相当なストレスをかけることが考えられるので、現在はインド側と協議中。5月末までに受け入れについての方向性を決める予定です」と、黒部市担当者から私に追加の報告をいただいた。

そして6月1日午後、「インド側と双方合意のもと事前キャップを『中止』とすることとなりました」と黒部市のホームページで発表した。

インド型変異ウイルスに見舞われたインドも少しずつ快方に向かっているらしいが、東京オリンピックでは感染状況はどうなるのだろう。(写真=南風)

島根県奥出雲町は早々に断念していた

余談だが富山県黒部市のアーチェリー競技といい、もう1カ所インド選手団を迎える島根県奥出雲町のホッケー競技といい、またまあ、ずいぶん主会場の東京から離れたところで、と思うだろうがこれにはわけがある。

日本国内での競技人口が少ないスポーツは、野球場のように練習・試合会場がどこにでもあるわけではない。しかし国民体育大会開催時に専用コートが造られたのを機に地元で盛んになり、子どもたちもやがて全国的に良い成績をあげるという典型的パターンがある。

だからこそ、世界トップレベルのインド人ホッケーチームやアーチェリー選手を誘致する。彼らの主目的はまさにそこであり、これらの自治体は事前合宿とは別に「ホストタウン」という国の制度にも加盟している。大会数年前からお互いの文化・スポーツ交流、事前合宿に選手の応援、そして大会後にまた交流。自治体の担当者は直接相手国と話し合いながら、ホストタウンとして本当に頑張ってきたのだった。

ところが今となってはコロナ禍のせいで「交流」の部分がすっぽり削ぎ落とされて、「事前合宿」だけが残ってしまった。「市民との交流もできないのになぜ外国人選手団を宿泊させるのだ!? と、地元の方からの厳しいお声も聞かれます」と、とある自治体の担当者は肩をすぼめた。

実を申せば、奥出雲町は3月早々に事前合宿を断念していた。

「ホストタウン交流は3年前から続けていましたが、事前合宿の合意までには至っていなかったので」と担当者は語る。昨年秋ごろからインドでの感染拡大が問題となり、年末年始に相手国へも連絡し、合宿断念が決定したのだった。

それからちょっと気になる話も聞いた。

「どうやって事前合宿をやめられたのですか?」と、いろんな自治体から問い合わせが来るというのだ。その感触からすると、「今は全国500あまりのホストタウン導入自治体のうち40余の自治体が断念としか報道されていませんが、今後さらに増えるのでは?」と担当者。

実際、私が1カ月以上もこの取材・執筆にもたついている間に、受け入れを断念した自治体は倍以上に増えていた。

ちなみに先ほど東京都にも事前合宿先があると書いたが、某区担当者に聞くと「とてもじゃないけど、こちらから断念なんてできないですよ。だって東京都はオリンピックを招致した当事者なのですから」と、こちらも別な苦悩があるようだった。

女子ホッケーインド選手団。奥出雲町での事前合宿は残念ながら中止だが、ホストタウンとして今後も交流は続く。